12. 引越しで感じるお国柄

10月初旬、今まで住んでいたアパートの家賃値上がりと、気分転換もかねて、同じアーリントン・ハイツ市内に引越ししました。転勤族で引越し好きの私、数えてみたら30を前にして、今回で7回目になるんです。これはもう、立派な引越しのエキスパートじゃありませんか? だから、シカゴたよりにわざわざ書くことでもないと思っていたんですが、さすがアメリカ! やってくれました。良くも悪くもいろんなネタを提供してくれました。引越しひとつで文化の違いを感じられるなんて、これはお得? そう思わないとね。

かつて東京と大阪の賃貸マンションに住んでいたことのある私は、時々「関東と関西、どっちの契約システムの方がお得だろう」と思うことがあります。関東では入居時に敷金・礼金を払う習慣があって、私が住んでいたところはどちらも家賃の2ヶ月分。敷金は、退去時に破損がなければ戻ってくるのですが、礼金は大家さんに渡すので戻ってきません。一方、関西の場合は礼金のシステムはないけど、保証金として入居時に家賃の6ヶ月から10ヶ月分払わなくてはいけません。保証金なんだから、破損がなければ全額戻ってくるはずなんですが、いろいろ聞いてみるとハウスクリーニング代とか何とかで、半分くらい取られてしまうケースが多いようです。

では、アメリカは? これはあくまで私の住んでいる地域の場合ですが、入居時に払うのは保証金として家賃の1ヶ月分。それだけです。不動産屋に手数料や更新料を払う必要もありません。しかも、保証金が修理代を引かれて戻ってきたという話は、今のところ聞いていません。だったら、アメリカが一番お得な気がしますが、実はそうもいかないんです。通常契約は1年ごとなので、賃上げが毎年あるし、転勤を除いた自己都合の場合、途中で引越しても1年間分払わなきゃいけないんです。うまいこと退去と入居の日程が合えば問題はないのですが、好景気のお陰か物件が不足気で、スムーズにいかない人も結構います。「なんだか急に引越したくなっちゃった」なんていう気分屋には、かなり痛い規則です。私は運良く、気に入ったところに家賃が重なることなく入ることができたのですが、この家を見つけるまでに、不動産屋との往復を2ヶ月間。結構しんどい仕事でした。シカゴはまだいい方。ハイテク産業で沸いている西海岸のシリコンバレーなぞは完全なる売り手市場。急激な人口増加に物件の数が追いついていけないそうで、いい物件を手に入れるために、大家さんに自分がいかに誠実な人間かアピールする必要も出てきたそうです。で、その結果、保証金を多めに払ったり、ビシっと決めたスーツに履歴書、高価なおみやげまでつける人も少なくないとか。

さて、運良く見つかった新居というのは、アパートではなくタウンハウスです。最近日本でも増えてきたと聞きますが、数軒が集まって一軒の家になっているという、つまりは長屋みたいなもの(見た目はずいぶん違うんですけど)。一戸建てに比べると騒音や近所付き合いの面での煩わしさはあるけど、プライベートの玄関や車庫、庭はあるし、面倒な芝刈りや雪かきも、管理費さえ払っておけば業者がすべてやってくれるという気軽さがあります。タウンハウスは基本的には買い物件。だから大家さんというのはその家の持ち主で、言ってみれば不動産の素人。これが吉と出るか凶と出るかは大家さんの性格次第。しかも後になってみないとわからないからギャンブル。退去時に、検査士以上に細かくチェックして法外な額の修理費を請求してくる人もいれば、ちらっと見て、「完璧ね。保証金全額お返しします」なんて大家さんもいるそうです。これは、日本でも同じですよね。さて、肝心の我が家の大家さんはどうでしょう。今回が2回目の契約という、ほとんど素人のアメリカ人のミセスDは、保険会社のクレーム処理をやっているだけあって話すのが上手、というかマシンガントークで相手に話すスキを与えない、強い女性の代名詞みたいな人です。あまりのインパクトに、会った瞬間から圧倒されっぱなし。持ってきた契約書も弁護士に作ってもらったらしく、15ページ以上にもわたって、アリのように細かい英語がずらっと並び、和訳することを考えただけでも気が遠くなりそうでした。「あぁ、これはうるさい人に当たってしまった」と、すぐに凶と判定した私たちでしたが、後で友達に聞くと、契約書に関してはこれがアメリカでは当たり前なんだそうです。逆に、しっかりしてる人だと思わなくちゃ。後で変なことで揉めたくないですもんね、お互い。

そうは言っても、前に住んでいた家族が出るときに多少もめ事があったと聞いていたので、引越ししてからすぐに、壁の傷やじゅうたんのシミなどを徹底的に点検。こちらに非がない証明として写真を撮り大家さんに渡しました。24枚撮りで2本分。私も気合いを入れましたよ。その時の点検で気付いたんですけど、やたらと水漏れが多いんです。クローゼットに水漏れのシミ、洗濯機の水漏れ、台所の下の水漏れ。細かく言うと、シャワーを止めても蛇口から雫が漏れる。最初だったので大きなところは大家さん持ちで直してもらったけど、それにしても最初から多すぎると思いません? この家が特別? 友人の配管工事屋さんに聞いてみたら、10年もたつと水漏れの一つや二つ当たり前なんだそう。だからこっちも儲かるんだよって、けろっと言われてしまいました。そういえば、前のアパートでは専属の修理屋がいて、次の日には無料で直してくれたからさして感じなかったけど、2年の間に10回は水周りの故障があったもんなぁ。今度は、基本的には修理はこっち持ちだもんなぁ、一体いくらかかるんだろ。ヴィクのところでも、会社のビルのトイレや水道がよく壊れていたっけ。日本ではこんな心配をしたことがなかったよなぁ。そうやって、またまた日本とアメリカの比較をしてしまうのでした

思うに、結局賃貸契約のシステムは、どこがお得ということはなく、一長一短があるもんなんですね。ただ、引越し好きの人には、保証金が少ない分アメリカの方が合ってるかもしれません。それに、ここ数年シカゴの家賃は毎年5%上昇していると聞くけど、まだまだ東京や大阪に比べたら安い方だと思います。部屋も広いし、自然もいっぱいあるしね。人様に比べたら依然ウサギ小屋の我が家ですが、日本に帰ったら同じ広さの家には到底住めないだろうなぁ。そんなことを考えると、多少水漏れがあっても我慢せにゃいかん。そう自分に言い聞かせる最近の私です。

2000年10月

(写真上)近所にあるレイク・アーリントンのジョギングコース(3km)。ランナーに混じってローラーブレード姿も。アメリカらしい。