7. シカゴの冬

 シカゴの冬は長いから冬事情なんていつでも書ける…そう思って先延ばしにしてたら、本当に手遅れになってしまった。10日前まで冬だったのに、いきなり春が来るんだもん。そりゃびっくりさ。先週(2月22日〜28日)なんて最高気温の1週間平均が10℃で観測史上最高(この時期の平均気温は3.3℃)。25日はなんと22℃も。22℃といったら日本でさえも5月上旬の気温ですよ。シカゴアンがどれほど驚いてるか、喜んでいるか想像つくと思います。でも、週が変わると急に寒くなったりするんだよな、これが。あんまり温度差が激しいと体がついていけなくなるから、ほどほどにしてほしいものです。

 これは例外として、素顔のシカゴはやっぱり寒い。痛いと言った方が適切かな。1年で一番寒くなる12月末から1月初旬は、最高でもマイナス5〜10℃、最低でマイナス10℃〜15℃に。ウィンディ・シティと言われるだけに、強風も手伝って体感温度はもっと低くなります。そんなわけで、昼間はともかく夜になったら外に5分以上立っていられません。まず耳や鼻、手の先がジンジンとしびれてきて、そのうち頭がボーっとしてくる。建物から駐車場までの数分でこれです。で、ようやく車にたどりついたと思ったら、冷たすぎてハンドルが握れない、暖房が効くまで思いっきり寒い思いをする、水を飲もうと思ったらペットボトルがカチンコチンに凍ってるという状態。これで雪かきでも加わろうものなら…そんな時は外出は中止です。

 静岡育ちの私にとっては、雪かきはおろか雪が降ること自体大騒ぎ。でも幸いにして、シカゴは思ったほど雪が降りません。雪というのは、0℃〜マイナス5℃の時にたくさん降るものらしく、ここシカゴでは寒すぎて雪も降らない。「今日は雪が降ってるから暖かいね」冗談のようで、これ、まじめな会話です。いい例が去年。お正月に38年ぶりに60センチも積もって、日本でもニュースになったほどですが、去年は実は暖冬でした。そうそう、寒いと雪の質も違うんですよ。日本のように水分を多く含んだいわゆるぼたん雪とは違って、細かくてさらさらで解けにくい。例えて言うなら、紙吹雪か砂嵐といったところかな。だから最初は、雪の上を歩いても靴やズボンが濡れないのがいい! なんて結構気に入っていました。が、逆に晴れた日でも空中を舞って顔や服を濡らすので、今ではかなり煙たい存在になっています。

 雪が少ないとはいえ、年に何回かは大雪(といっても20センチくらい)が降ります。そんな時の対応はアメリカとは思えない迅速さで、感動すら覚えるほど。例えば、夜雪が降って「明日は大変なことになりそうだ」という時でも、朝になるとほとんどすべての道路がきれいに除雪されていて、雪による渋滞はほとんどなし。そのためか、シカゴが平地だからか、今だかつてタイヤにチェーンを巻いてる人も見たことがありません。
 もう一つ、雪が降り始めるとどこからともなく大きなトラックが現れて、道のそこら中に白い粒を蒔き散らします。これ何だと思いますか? 正解は塩。塩を蒔くと雪が解けやすくなるそうです。確か小学校の理科の実験で習ったのとは話が逆のような気もするけど、実際よく解けるから不思議です。それにしても、一体どれだけの塩が使われているんだろう? 私には皆目見当もつかないけど、塩の貯蔵庫の数と大きさから判断して(ピラミッドみたいな三角形の大きな建物があちこちにあるんです)相当な量 でしょう。もちろん早く解けるのはありがたいけど、内心ちょっと使いすぎ? とも思っています。というのも、塩を蒔いた後の道路と車が何とも汚らしい色に変貌してしまうのです。ちょうど汗で粉が噴いたTシャツのようなまだら白が辺り一面 を覆い、青色の私の車なんて汚れが目立ってポンコツ車みたいになっちゃう。もう一つ気になるのは、蒔いた後の塩の行方。土にしみこんだままだと思うんだけど、植物は何ともないのだろうか。その土で育った野菜は塩分が多かったりして。今度機会があったら専門家に聞いてみようと思います。

 さて、ここまで読んで、もしくはヴィクシリーズや「ER」を見て、「なんでそんな寒いところに住んでるの?」と不思議に思う人も多いはず。私の友達でも、「冬は外に出られないんでしょ。何してるの?」「冬だけ日本に帰ってきちゃえば?」とか、中には「なんでシカゴなんかに転勤になっちゃったのかねぇ」と、私をかわいそう扱いする人もいます。でも、2回目の冬を体験してつくづく思うのだけど、シカゴの冬って意外と快適なんですよ。特に車で移動する郊外人にとっては、「冬」を感じるのは車から建物までのほんの数分間だけ。一旦建物の中に入ってしまえば、どこも暖房がガンガン効いているから春か夏かって気分になれます。実際、建物の中で半袖Tシャツの人も珍しくなく、その上に厚手のダウンジャケットを着て外に出ます。
 家の中も快適そのもの。ほとんどの家がセントラルヒーティングで、24時間すべての部屋に(もちろんバスルームも)暖房が効くようになっています。だから日本のように、朝寒くて目覚めたとか、部屋が温まるまで布団のなかでじっとしてるなんてこともないし、寒いからトイレに行くのを我慢するとか、お風呂に入る前にシャワーを出しておくなんてこともありません。しもやけが足首にできるほど冷え性の私が、この2年しもやけ知らずなほど暖かいんです。
 でも逆に言えば、暖房という命綱がなかったらもうおしまい。アメリカでは停電が年に何回かありますが、もし冬に停電したら命に関わる一大事です。車も同じ。だれもいないところで突然止まってしまったらどうする? そう考えると古い車は買えないし、携帯電話は必需品。だから、ヴィクシリーズを読むたびに、犯罪よりも寒さで身の危険を感じないだろうかと心配になります。隙間だらけの事務所じゃきっと寒いだろうな。電気代払わないで止められたらどうするの? 寒いのにジョギングなんかして、肺炎にならないんだろうか。シリーズ初期の頃(80年代)は今よりずっと寒かったというから、余計に心配でした。でもまぁ、それを乗り越えてきた彼女だからこそ、あんなにもタフなのかもしれませんね。ヴィクをもっとよく知りたい方は、是非冬のシカゴに遊びに来て、この寒さを体験することをお勧めします。ただし、観光スポットは半減しますが。

2000年3月

(上) ピラミッド型の倉庫の中にびっしりと塩がつまっている 、(中) 元ケヴィン家。高級住宅街ウィネトカの中でも光ってました(ケヴィンはクリスマスのときに書いた「ホームアローン」の少年)、 (下) ケヴィン家のお向かいさん。雪が降るとすぐに除雪してくれるのでスリップの心配もなし