10. 自家用飛行機、初体験
ついに恐れていた日が来てしまった。友達のジョアン夫妻に、自家用飛行機に乗ってウィスコンシンに行こうと誘われてしまったのです。たかが飛行機じゃん! ってバカにしないでください。実は私は大の飛行機嫌い。いつも手に汗握ってドキドキしっぱなし。日本への長旅だって恐くて寝られないんです。だったら断ればいいんですけどね、OKしちゃいました。度重なる誘いに断り続けて、もう断れないというのがひとつ。もうひとつは、やっぱり好奇心ですね。滅多にないチャンスだし、「シカゴだより」のネタもできるし(最近、ネタを気にして行動してしまう傾向あり)。ちなみに、今回ダンナは、将棋好きが講じてNYの大会に出場するためパス。でも彼は半年前にすでに乗っていて、ジャンボジェット機より揺れなくて快適だったという感想を残しています。
ある程度覚悟はできていたものの、当日の朝、私の不安は最高潮に達していました。というのも、二日前に激しい雷雨に見舞われて、樹齢100年以上の大木がばたばたと倒れ、ジョアンの家も昨日まで停電。そんな後でまだ風も強いというのに、ジョアンの夫、リアンは行く気満々なのです。悪天候の中飛行して墜落してしまった、あのケネディ・ジュニアを思い出さざるを得ません。
リアンの飛行機は、家から車で45分のウォーキガン空港にありました。そこで9番倉庫を開けて出てきた飛行機を見て、またまた不安モードに。ヘリコプターほどしかない小さな小さな4人乗りの飛行機で、プロペラだって一番前にちょこんと申しわけ程度に付いてるだけ。こんなんでほんとに空を飛ぶんだろうか?
アメリカ製だし、途中でエンストしちゃったらどうしよう。リアンが機械の点検をしている最中に、そんなことばかり考えて神経質になっているところに、さらに追い討ちをかけるようにジョアンがこんなことを言う。「4番倉庫が見えるでしょ? 前のオーナーはシカゴで有名なコメンテーターだったけど、3月に空中で他の飛行機と衝突して亡くなったの。空港の受付に行ったら、彼の写真が貼ってあるわよ」
彼女が言いたかったのは、リアンは慎重だから大丈夫ということだったようだけど、こんな時にたとえが悪すぎる。点検が終わった頃、風がなくなり天気も良くなったことだけが、私を少しだけ安心させてくれました。
さて、いよいよ乗機。恐くない方ということで、私は助手席へ。シートベルトを2つも、そして騒音防止のためにヘッドフォンを付けます。この時初めて操縦機器を見たんですが、何とも言えない感動と不安でいっぱいになりました。まず驚いたのは、助手席にもハンドルと足元のブレーキ(?)が付いていて、運転席のそれと一緒に動くこと。運転手に何かあった時のためにあるんでしょうが、今回は意味ないですね。それから、操作はやっぱりすべてマニュアル。方角を示す数字も、司令塔の合図で手動で回さなければいけません。今まで飛行機に乗る時には必ず、「コンピュータ制御なんだから、よほどのことがない限り墜落しない」と自分に言い聞かせてきたけど、今回は本当にリアン1人の腕にかかっているわけです。おーこわっ。
リアンは最終点検をして、司令塔と無線連絡を開始。しばらくしてGoサインが出たので滑走路を進み、緊張の瞬間、離陸です。私はいつものように目をつぶって安定姿勢になるまで揺れにじっと耐えるしかありませんでした。それも15分の辛抱。揺れは次第に収まり、やっと窓の外が見えるようになりました。リアンは、休むひまなく無線連絡をしたりいろんな機器を動かしていますが、その後30分たっても一向に機体は揺れず、すっかり安心した私は、鳥瞰図を写真に収め始めました。ジャンボジェット機と違って高度が低い分、見晴らしがいいんですよ。ダンナの言ってたことは本当だ。ぜ〜んぜん大丈夫。が、それからしばらくして着陸体制に入ったとたん、揺れる揺れる。機体が小さいので気流の影響をもろに受けて、上下左右とそれは激しい揺れでした。風に飛ばされてしまうのではないかと思ったくらい。20分くらい続いたでしょうか。やっとの思いでスタージェオン・ベイ空港に着陸した時には、手の平が汗でびっしょりに。約300キロ、車で4時間のところを1時間30分と短時間で行けたわけですが、その代償はあまりにも大きすぎました。
着陸して安心していいはずなのに、自分で思う以上に明日の帰り便のことが気になっていたんでしょう。胃痛が全然治らず、せっかくチーズとワインがおいしいウィスコンシンに来たのに、ろくに食べられませんでした。観光も楽しかったけど、でもやっぱり帰りのことが気になって本気で楽しめない。リアンは、そんな私の表情がおもしろかったのか、「You are a chicken (弱虫)」と言って、旅行中ずっとクワックワッ! とにわとりの真似をしていました。ふんっ、何とでも言ってくれ。
翌日は、天気は良かったけど風が強いのが気になりました。もう助手席はこりごりだったので、ジョアンに替わってもらい後部座席へ。昨日のこともあって、飛行中もずっと目をつぶっていました。幸い、心配していた風は上空では吹いていなかったのか、追い風だったのか、1時間たっても機体は揺れず快適そのもの。が、今度は予想外のハプニングで私をはらはらさせました。機体が突然ふっと上がったのです。そして間髪入れずに「Don't do that anymore!」というリアンの怒鳴り声。後でわかったのですが、ジョアンが後ろを向いた拍子に、誤ってハンドルに触れてしまったようです。実は少し前から些細なことでケンカを始めていた二人。リアンの怒鳴り声はだから余計に恐く、私はすっかり気が動転してしまいました。
無事に着陸して、やっと我が家にたどり着いた時にはもうぐったり。体重を測ったらなんと2日で2キロも痩せていました。思った以上に神経を使っていたんでしょうね。帰り際「また乗りたいか?」って聞かれて「多分ね」なんて答えてしまったけど、はっきりいって頼まれても2度と乗りたくありません。というか、また乗りたいという人の気持ちがわからないんですけど、どなたか小型飛行機に乗った方はいますか? 今度感想を聞かせてください。
まっ、何はともあれ、こんな貴重な機会を与えてくれたジョアン夫婦には感謝の気持ちでいっぱいです。
2000年5月
(上) 新ピカの小型飛行機。が、今年20才とか。乗る前に聞かなくてよかった。
(中) 操縦機器。ホントにすべて手動でひやひやものです。
(下)機内から撮った鳥瞰図。ミルウォーキーあたり。右はミシガン湖。