ワイオミングの山岳地帯に生きる男、ジョー・ピケット
C・J・ボックス『沈黙の森』『湖折れる森』『神の獲物』『震える山』

沈黙の森 (講談社文庫)  小惑星探査機ハヤブサが奇跡の帰還を果たし、岡田ジャパンが日本を湧かせたこの夏、参議院選が行われた。街頭やテレビで暑苦しい男たちが登場し、あれやこれやと喚き立てるが、胸に迫る言葉がひとつもないのはなぜか。こちらの感性が鈍くなっているのか。それとも……。

 不器用でもいい。まっすぐな男に会いたい。

 そんなとき思い浮かんだのは、ワイオミングの猟区管理官ジョー・ピケットだ。猟区管理官は、野生生物を保護、管理し、必要な場合には密猟者を逮捕する権限を有する法執行機関である。酷暑のときも厳寒のときも、猟区管理官はひとり、国立公園やキャンプ場などを巡回し、さまざまな場面に遭遇し、対処を迫られる。違法ハンターならまだしも、野生動物の大量殺戮現場に出くわすこともある。

 対決する相手もさまざまだ。頭の固い役人はもとより、自然保護を主張する過激派や謎のカルト集団と立ち向かうこともある。やりすごすこともできるのに、ジョー・ピケットは「正しいこと」を通すべく、ひとつひとつに全力でぶつかる。

「不器用ですから」という台詞が似合う男、ジョー・ピケット。面接の日時を間違えたり、熱心さのあまり、許可証を持たなかった州知事をそれと知らずに逮捕したりする間抜けなところはあるが、愚直なほど正義感が強く、家族と自然を思う心は熱い。その推理もまた、まっすぐすぎて何のひねりもないが、我が身を省みず、一途に突っ走る姿に魅せられる。

 活躍するのは男だけではない。苦しい家計を救おうと不動産会社で働き、仕事と家庭の両立に悩む妻メアリーベスに共感する女性も多いだろう。父と同じく自然を愛する長女シェルダンに、熱いエールを送りたい。

 自然を愛し、家族を愛して闘う男、ジョー・ピケットはまさに現代のカウボーイであり、現代の西部劇といえる。家族の絆だけでなく、絶滅危惧種、開発、資源など考えさせられる好シリーズである。

 猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズは、『沈黙の森』、『凍れる森』、『神の獲物』に続き、2010年に『震える山』が邦訳出版されている。ノン・シリーズでは、殺人事件を目撃したために追われる姉弟を身体を張って守る孤高の老カウボーイを描いた『ブルー・ヘヴン』、愛する養女を奪われまいとする男の戦いを描いた『さよならまでの三週間』が出されており、いずれも高い評価を受けている。

C・J・ボックス 猟区管理官 ジョー・ピケット・シリーズ 野口百合子訳 講談社文庫
『沈黙の森』
『湖折れる森』
『神の獲物』
『震える山』
『ブルー・ヘヴン』真崎義博訳 ハヤカワ・ミステリ文庫
『さよならまでの三週間』真崎義博訳 ハヤカワ・ミステリ文庫

(2010年7月)