南国の風に吹かれて
ジャニータ・シェリダン『翡翠の家』『珊瑚の涙』
いよいよ夏本番! どこへ行こうか、わくわくしながら計画を立てている方もおられるだろう。今回は、南の島ハワイで繰り広げられるコージーミステリをご紹介したい。
ハワイ出身の新進作家ジャニス。ハワイを舞台にした作品が映画化されるのをきっかけに、ニューヨークを離れ、航路で帰郷した。船旅の相棒は、ルームメートでハワイの親戚を訪ねるため同行したリリー・ウー。
ジャニスがハワイに戻ったのは、ハワイの本当の姿を伝えたいからだった。そのためには、幼いころ遊び回った小さな村に映画関係者が入ることを許可してもらわなければならない。ジャニスの愛した村は今、亡父の友人エイヴリー家の名義になっていた。
『アロハ・オエ』が流れるなか、むせるような花の香りに包まれ、胸がいっぱいになったジャニスに、甘い香りのショウガのレイを手にしたハワイ女性が近づいた。女性は、ジャニスをハワイアンネームで呼び、「エイヴリーのところに行ってはいけない」と警告する。父がつけてくれたハワイアンネームは、親しい友人しか知らないはずなのに……。
不安な気持ちを抱いてエイヴリー家に着いたジャニスは、フラダンサー志望の少女マリアに声をかけられる。ジャニスの荷物を持って部屋まで上がり込んできたマリアは、ピンクのネグリジェを羨ましそうに見ていた。「あたしだってそのうち買えるようになるわ」マリアはジャニスをにらんで言い放った。
エイヴリー家の客となったジャニスを驚かせたのは、女主人ジュリアのやつれた様子だった。凛として輝いていたジュリアはやせ細り、歩けなくなっていた。変わったのはジュリアだけではない。ジュリアの夫で建築士のルーサーも、どこかよそよそしかった。懐かしい村には昔の面影がなく、旧知の友人は去っていた。黒魔術を行うカフナ(神官とも呪術師ともいえる存在)が村に住んでいるという噂もあった。
鬱々とした気分を持てあまして、入り江に泳ぎに行ったジャニスは、女性の死体が浮かんでいるのを見つけ、エイブリー家に駆け戻り、事情を伝えたとたん、気を失う。意識を取り戻したジャニスはリリーから、入り江にはだれもいなかったと聞かされる。島で何かが起きている!
ジャニスの父はハワイの文化を愛して詳細に記録しており、その思いをジャニスも受け継いでいた。大切な島を守るため、今は姉妹同然となったリリー・ウーとともに、ジャニスは島で起こっていることの真相を探ろうとする。
リリー・ウーとの出会いは前作『翡翠の家』に描かれている。小説家としてデビュー間近だったものの下宿を追い出されそうになったジャニスは、ルームメート募集の広告を出す。電話をくれたリリーと一緒に引っ越したのは、ワシントンスクエアにある元実業家の邸宅を改装したアパートメントだった。個性豊かなアーティストたちとの共同生活が始まるはずだったが、入居直後にリリーが殴られ、殺人事件が起こる。謎めいたリリーがエキゾチックな魅力で読者を虜にする。
明るい常夏の国というだけでなく、独自の宗教観を持ち、神秘な魅力にあふれたハワイが描かれている。ハワイの文化の持つ奥深さに魅せられ、その懐に包まれたくてたまらなくなる。
本書は1951年、ハワイがまだ準州だった時代に書かれた作品であるが、古臭さは感じられない。キリスト教を絶対的なものとする白人がハワイアンを異教徒として批判し、蔑視していた時代であったが、そのなかでハワイの文化と精神性を愛し、称賛したジャニスとその父の言葉が、心にしみとおる。第3作はマウイ島が舞台とのこと。訳書の刊行が楽しみだ。
うだるような夏の昼下がり、はるかな南の国に思いをはせてみてはいかがだろう。
(2009年7月)