社会の暗黒と心の暗黒と――そして最後に残るのは?
トム・ロブ・スミス『チャイルド44』

チャイルド44 上巻 (1) (新潮文庫 ス 25-1) チャイルド44 下巻 (3) (新潮文庫 ス 25-2)

 すごい小説が現れた。トム・ロブ・スミスの『チャイルド44』だ。

 スターリン体制下のソ連。国家保安省の捜査官レオ・デミドフは、ある事件をきっかけに、モスクワから遠く離れた寒村の民警に追放される。その地でレオは子どもの惨殺死体に遭遇し、かつてモスクワで事故と断定した子どもの死体と共通した特徴が残されているのに気づく。同一犯による連続殺人か?

 だが、「犯罪は資本主義国家でしか起こらない」とする当時の体制下では、理想的な社会主義国において連続殺人といった残虐な犯罪が起こったかもしれないと疑うのは、それだけで反逆に値する罪であった。

 ひとつひとつの事件についてろくに捜査もされないまま、国家にとって「不要」とされた人々が次々罪を着せられ、処刑されていった。やがて、その強大な力は、命をかけて真相を追おうとするレオに伸びる。

 ウクライナの飢えた寒村に始まるこの物語では、圧政下の息が詰まるような閉塞した社会とそこに生きる人々の姿が描かれる。陰惨な事件が続くなかに挟み込まれる幼い兄弟や姉妹の姿は懐かしさを誘い、切なく心に刻まれる。

 なじみのない状況を舞台としながらも一気に読ませる勢いがあり、深く心を揺り動かされる。社会状況、人物造形、物語の展開、どれをとっても非の打ちどころのない作品だ。レオとその妻ライーサの心の動きの描写は秀逸である。サスペンスとして、ミステリとして、冒険小説として、また社会と人間を描いた物語としても一級の作品と言える。

 本作は著者のデビュー作であり、CWA賞イアン・フレミング・スティール・ダガー賞を受賞している。訳者あとがきによると第2作が既に完成したとのこと、一日でも早い翻訳が望まれる。あとがきには、本書がロシアでは発禁書になっているとも記されている。

 2008年のミステリベストに名前が挙がるのは間違いない。若き才能に祝杯を上げたい。

『チャイルド44(上)(下)』トム・ロブ・スミス 田口俊樹訳 新潮文庫 (上)705円(税別)、(下)667円(税別)

(2008年11月)