化学大好き少女が謎に迫る!
アラン・ブラッドリー『パイは小さな秘密を運ぶ』

パイは小さな秘密を運ぶ (創元推理文庫)  11歳のあたし、フレーヴィア・ド・ルースは切手収集が趣味の寡黙な父、意地悪な姉フィーリーことオフィーリア、ダフィことダフネと、イギリスの片田舎にあるバックショー邸に住んでいる。母のハリエットは、あたしが1歳のとき、登山中の事故で亡くなったので、彼女のことは覚えていない。

 400年前からあたしたちド・ルース家が住んでいるバックショー邸には、実験器具や化学薬品のそろった実験室がある。ふとしたことから、ハリエットの『化学入門』という本を見つけたあたしは化学に夢中になり、実験室はあたしの聖所となった。

 あたしが特に好きなのは毒だ。姉の引き出しからくすねた口紅に漆の精油、ウルシオールと蜜蝋を混ぜてみた。結果をノートにつけるのが待ちきれない。

 ある朝、家政婦のマレットさんが、キッチンの戸口に、この時期、イングランドでは見かけないコシギという鳥の死骸があると騒ぎ、父はとても怯えていた。コシギのくちばしにはビクトリア女王が印刷された切手が刺さっていた。翌朝、あたしは畑で赤毛の男の死に目に出くわしてしまった。しかも、あたしは前の晩にその男が父を脅しているのを盗み聞きしていたのだ。男は何者? 殺したのはだれ? 父はなぜ脅されてたの?

 1950年代のイギリスの片田舎を舞台とするこの物語は、イギリスに行ったことのないカナダ人作家が書いたとは思えないほど、古き良き時代の香りがする。父の母校であるパブリックスクールは、国は違えど、萩尾望都の『トーマの心臓』を思わせる。幻の切手を巡る謎は、かつて切手収集に熱を上げた読者の胸をときめかせるに違いない。

 頭が切れて怖いもの知らずのフレーヴィアは、11歳といえどもタフな探偵だ。大人相手に平気でうそをついたり、無邪気なふりをして見せたりもするフレーヴィアだけど、愛情表現の下手な父のことをとても大切に思っている。

 ピアノが上手なフィーリーと、ディケンズ大好きなダフィー。末っ子のフレーヴィアは、いつもみそっかす扱いだけど、負ける気なんてさらさらない。派手なけんかはしょっちゅうだけど、それでもやっぱり姉妹は姉妹。いいところもある。

 従者から執事、運転手を経て、現在は庭師の職に落ち着いているドガーや家政婦のマレットさんもいい味を出している。マレットさんが家族のだれも食べない「膿のように見える」パイを作り続ける理由は意味深長だ。

 お子さま向きと侮るなかれ。大人こそ楽しめる、読み応えのある物語である。

『パイは小さな秘密を運ぶ』アラン・ブラッドリー 古賀弥生訳 創元推理文庫

(2010年6月)