大革命前のパリをニコラ警視が疾走する
ジャン=フランソワ・パロ『ブラン・マントー通りの謎』『鉛を呑まされた男』『ロワイヤル通りの悪魔憑(つ)き』
これまで主に英米のミステリを紹介してきたが、それ以外の国にもおもしろいミステリはいくらでもある。これから順次紹介していくつもりだが、今回はまず、フランスのミステリ、ジャン=フランソワ・パロ『ロワイヤル通りの悪魔憑(つ)き』をとりあげる。
舞台は18世紀、革命前のフランス。1770年5月30日、パリのルイ15世広場(現在のコンコルド広場)で、後にルイ16世となる王太子とオーストリア皇女マリー・アントワネットの婚礼を祝う花火大会が開催された。観衆があふれ返るなか、花火が暴発し、火災が発生する。広場は大混乱に陥り、多数の死傷者が出る。警備の責任者ではないものの現場に居合わせた警視ニコラは、ある若い女性の遺体に目を止める。首を絞められた後があることから殺害されたと確信したニコラは、調査に乗り出す。
亡くなった女性、エロディ・ガレンヌは新大陸で生まれ、両親をなくした後、父の信頼厚かった先住民の青年ナガンダときょうだいのように育った。1年半前にエロディは、ナガンダとともにフランスに渡り、毛皮商を営む叔父シャルル・ガレンヌの家に身を寄せていた。
サン・トノレ通りにあるガレンヌ家では、その家の若い召使いミエットに悪魔がとりついたという噂が広まっていた。ガレンヌ家を訪問したニコラは、ミエットが寝台ごと宙に浮き、ニコラしか知らないはずの秘密を語るのを目の当たりにして衝撃を受ける。エロディの死の真相は? そして悪魔憑きの正体は?
『ブラン・マントー通りの謎』『鉛を呑まされた男』に続くニコラ警視の事件シリーズの邦訳第3作。大革命前のフランスというと、『ベルサイユのばら』ファンにはなじみ深い時代である。『ベルばら』にとっぷりひたっていたわたしは、池田理代子氏が描いた威厳にあふれたルイ15世や王太子妃時代の愛らしいマリー・アントワネットが目の前にいるような気がしてならなかった。本作ではアントワネットの天敵とも言えるデュ=バリー夫人が婉然とした笑みを浮かべて登場するが、残念ながら、王太子やマリー・アントワネットはちらりと姿を現すだけである。ふたりがこれからどんな姿を見せてくれるか、楽しみだ。
やや陰りが見え始めたものの華やかな時代の華麗な祭典のなかでの死、いわくありげな家族、はるかに望む新大陸、そして悪魔憑きと、舞台設定は満点である。さらに、主人公である警視ニコラは数奇な運命をたどった後に警視となり、30代半ばにして引き締まった筋骨たくましい身体の持ち主で、わけありの女性もいて……と、ロマンス小説の主人公顔負けの魅力まで備えている。交わされるやりとりは軽妙洒脱、かと思えば、カトリック教会公認のエクソシストによる悪魔祓いは寒気がするほど迫力があり、おまけに当時のこってりした料理の描写までついてきて、お腹一杯になる。
いろいろな楽しみ方のできるニコラ警視シリーズを、たっぷりお楽しみいただきたい。
ジャン=フランソワ・パロ『ブラン・マントー通りの謎』『鉛を呑まされた男』『ロワイヤル通りの悪魔憑(つ)き』 吉田恒雄訳 ランダムハウス講談社文庫
(2010年3月)