女たちは書き続ける
サラ・パレツキー編集のアンソロジー『ウーマンズ・ケース(上)(下)』

2009年のノーベル平和賞は就任後1年に満たないバラク・オバマ大統領に授けられるとのニュースが、今朝(10月10日)の紙面を飾っている。文学賞の受賞者はドイツの女性作家ヘルタ・ミュラーだが、さほど報道されていないのは村上春樹氏が授賞しなかったせいかと思うのは、うがちすぎだろうか。

ルーマニアに生まれたミュラーはチャウシェスク独裁政権下、秘密警察への協力を断ったため職場を追われ、その後、ドイツに出国した経歴の持ち主である。2007年には英国人作家ドリス・レッシングがノーベル文学賞を授賞しているが、こちらも大きく報道された記憶がない。レッシングはペルシア(現イラン)に生まれ、南ローデシア(現ジンバブエ)で25年暮らした後、英国に渡った。『草は歌っている』ほか数作が邦訳出版されている。

今の世の中のうねりとそのなかでの女性、とりわけ女性作家の立つ位置を考えたとき、手にとるのはサラ・パレツキー編纂のアンソロジー『ウーマンズ・ケース』である。

『ウーマンズ・アイ』に続いて本書作が出版されたのは1996年、邦訳出版は1998年である。世に出てから既に10年以上経ているが、本書に込められた思いは今も、強く訴えかける力を失っていない。

注目すべきは、その懐の深さと広さである。ナンシー・ピカード、ルース・レンデル、ネヴァダ・バー、エリザベス・ジョージ、アマンダ・クロス、マーシャ・マラー(本書での表記はミュラー)、アントニア・フレーザー、そして我らがサラ・パレツキーといった著名な作家と並んで、本作が初登場となった新人作家、そしてドイツ、オーストラリア、アルジェリア、アルゼンチンの作家の作品が収録されている。

20世紀が終わろうとしているときに、これほど多岐にわたるアンソロジーを編纂したのはなぜか。サラ・パレツキーは序文で、女性にとって書くことの意味は何であるか、女性の言葉が世間にどのように受け取られてきたか、家庭と芸術のはざまで女性作家たちがどれほど葛藤してきたかを、エリザベス・バレット・ブラウニング、ルイーザ・メイ・オルコットらの例を挙げて語っている。バレット・ブラウニングはこう問いかける。「あなた、ほかの女性作家に対する義務と、同世代の女性たちの苦しみに対する義務を果たすために、すこしは努力してるの?」本書は、その問いかけに対するサラ・パレツキーの答えである

女たちは書き続ける。

序文は、次の言葉で締めくくられている。「これほど多くの女性が活躍しているのだ。わたしたちが沈黙の時代を体験することはもう二度とないはずだ。」

『ウーマンズ・ケース(上)(下)』サラ・パレツキー編 山本やよい他訳 ハヤカワ・ミステリ文庫
(2009年10月)

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ウーマンズ・ケース(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ウーマンズ・ケース〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)