1. VELVET LOUNGE
サウス・シカゴ、サウス・インディアナ・ストリートにそのバーはある。ループから歩けない距離ではないけれども、夜の9時をまわっているしトラブルにはまきこまれたくないのでタクシーに乗った。
運転手にアドレスとVELVET LOUNGEに行くと告げると、「日本にもジャズはあるのか?」と彼。「もちろん。日本人はあらゆるジャンルの音楽を聴くよ」そうVELVET LOUNGEは、かのテナーサックスプレイヤー、フレッド・アンダーソンが経営するフリージャズを聴かせるバーなのだ。
その日のライブは、月に一度の金、土曜日のビッグライブで、私はチャージのキャッシャーなんかをボランティアでやっている。チャージは8ドル。フレッドのサウンドをたったの8ドルで聴けるのだから、ジャズファンにはたまらない店だ。ただ一つ、治安の悪さを除いては…。
情報誌には、ライブは9時から始まると書いてあるが、まだ客もまばらで始まる気配もなく、ミュージシャンもだらだら酒を飲んだり、ムダ話をしている。
その日のバーテンダーは、小柄で華奢だが存在感たっぷりの黒人女性、ジーンだった。体格は違うがVICの友人バー・ゴールデングローのサルのイメージにぴったりだ。彼女は毎金曜日にここで働いている。とても気のつく女性で、4、50人入るこのバーをひとりできりもりしている。といってもまだ客は少ない。
とりあえずコロナビールと空腹だったのでポップコーンを頼んだ。しめて3ドル。「コロナはライムを入れる?」「もちろん」 少しずつ客も入ってきて彼女も私も忙しくなってきて、気づくと私のポップコーンが電子レンジの中で燃えている…「SORRY、ハニー、すぐにやり直すから」「OK」
11時頃、ほぼ席も埋まりやっと1回目のステージが始まった。
今日のメンバーは
テナーサックス フレッド・アンダーソン
ベース マラカイ・フェイバー
ベース タツ・アオキ
パーカッッション ハミッド・プライク
ドラム チャド・タイラー
客の中には、メキシコやカナダからの旅行者もいた。もちろんみんなジャズファンだ。メキシコからというグループはやたらと感動していてバーの隣のけっこう有名なチキンウィングを大量に買ってきて、私にも振舞ってくれた。
1時2時になっても入ってくる客はとだえず、3時過ぎラストステージが終わった。疲れた私にジーンがビールをおごってくれた。彼女のほうが疲れているはずなのにまったくそんな素振りはない。帰りのタクシー代しか財布に残っていないのでありがたく飲んだ。
音楽と酒に酔って満足そうな顔をした客達もほとんど帰りジーンと私も長い夜の仕事を終えて帰路につくため外に出てタクシーを待った。今年は例年より暖かいが、さすがにこの時間ミシガン湖からの風は冷たく、じっとしていられない。ほぼ同時に2台のタクシーがやってきてジーンに別れを告げ、北へむかった。
吉野八英 / Yae Yoshino 1999年12月