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2003年6

 


いまごろ、ブロードバンド


10日ほど前にケーブルテレビの点検があった。マンション全体にケーブルテレビが入ったのは2年ほど前だが、うちはケーブルテレビの契約はしなかった。それでも普通のテレビがはっきりと見えるようになり、テレビ大阪とテレビ京都が入るようになってよかった。点検のあとで営業マンと世間話をしていて、ケーブルインターネットがあるらしいけど、みたいな質問をしたら、即座にここのマンションに光ファイバーが入っていますよと言う。ほんまかいなと大びっくり。光が見えてきたー。
NTTの光ファイバーの話があったのは2001年9月のことで、それから1ヵ月後には道路から建物に引くのがたいへんということで話はおじゃんになった。
それからは周囲がADSLになっていき、ISDNのわが家は遅れるばかり。なにかわけがあってISDNにこだわっているのかと真面目に聞かれたくらいである。なんせ電話とファックスに昔からの番号を使っている。ルーターで4台のパソコンをつないでいて、いまや4台はそのルーターでプリンタにもつながっていて、電話番号の短縮もルーターでやっている。これをADSLに変更するのがややこしいらしい。
そこへケーブルの話が持ち上がったわけだ。とりあえずISDNはこのままにしておいて、ケーブルインターネットにしようということになった。「朝日パソコン」がちょうどケーブルブロードバンドの特集をしていたので、相棒が勉強してルーターを買いにいったが、少しの間にすごく安くなっているんですね。ISDNのときは高かったー。
そして今日は工事の日。ケーブルをひいてモデムにつないでもらうまでをしてもらって、その後はルーターで4台につないだ。やっぱり早いです。

2003.6.30


関西のおばちゃん


当サイトに「シカゴだより」を連載中の中野さんから楽しいメールをいただきました。わたし一人で楽しむのはもったいなのでちょっとお裾分けします。
桂三枝が大阪の姉妹都市シカゴに行って講演しはったそうです。中野さんはその講演会に行かれました。とても楽しい会だったようで、タイガース情報などで関西出身者の多いシカゴ在住者を大いに笑わせたそうですが、一番盛り上がったのは「関西のおばちゃん」の話やったそうです。
そのことで中野さんから質問がありました。
【関西のおばちゃんは玄関の呼び鈴がなったら出ていくまで「はいはい、ただいま。待ってや〜」なんてずっとしゃべっているのですか?
レンジがチンとなったら「わかってるがな」ってレンジに話しかけるんですか?】
わたしの返事です。
【いやはや、恥ずかしながら私もその一人です。先日ゴキブリが台所にいたんですが、私はゴキブリホイホイを持って、「ゴキちゃんここへ入りや」と言ってホイホイを放り出しました。そしたらゴキブリが入っていったんです(笑)。
いまはナショナルのかわいげのないトースターを使ってますが、その前にサンビームのトースターを使っていたときは、ときどき声をかけてました。「いい子やね」とか「小さなトースターくん、パン焼けたかな」なんて(笑)。】
わはは・・・立派に「関西のおばちゃん」をやっているわたしです。みなさんはどうですか?
中野さんの次の手紙では
【私の質問に対して、杉谷さんが人間のように話しかけてるという話を聞いて、かなり衝撃を受けました(おもしろいという意味で)。
私の母も含めて、知っているおばさんでこのように話しかけている方を見たことがないので、とっても興味津々です。一度杉谷さんの一日を覗いてみたいわ〜。でも、これは杉谷さんに限ったことではなく、関西の方はそうやって楽しく過ごしているのでしょうね。】
うーん、どうなんでしょうね? 三枝が講演で言うてるくらいだから、たいていの関西のおばちゃんはそうかもしれへんね。
さっき、わたしの可愛いパソコン(マック)を使っていて、間違った操作をしたらマックが「ブー間違ってるよー」と知らせてくれました。「ごめん、ごめん」と謝っているわたし(笑)。

2003.6.29


タトゥー


今朝の新聞で読んだんだけど、ロシアの人気アイドル「タトゥー」がテレビのミュージックステーションに出演中、番組の途中で帰っちゃったんだって。わたしは「タトゥー」というグループ名も知らなかったけど、この記事で知ったわけだ。どんなだったかナマでその番組見ておきたかったなぁ。
さっき例会から帰って、今日の阪神はどうだったろうとテレビをつけたら、ブロードキャスターをやっていて、ちょうど「タトゥー」のインタビューがはじまったところだった。10代の可愛くも生意気な女の子2人である。質問をはぐらかしたり、適当なことを言ったり、お行儀が悪かったりであるが、頭の回転が速いのはたしか。なにを聞いたか質問のほうは忘れたが、「町中にクマが歩いていない、ということがわかってもらえたでしょう」と答えて笑わせてくれた。どうやらこのインタビュー以外はなんにもなしで帰ってしまうらしいけど、宣伝効果は抜群だったよね。

2003.6.28


吉屋信子の「あの道この道」


先日の新聞にこれからの図書館についての識者の意見が載っていた。「図書館は無料貸本屋であってはならない」のだそうだが、いまのわたしには無料貸本屋で充分ありがたい。もともと図書館に行きだしてから5年くらいなのである。ずっと読みたい本は自分で買う主義だった。
最近は本を買うお金に制限があり、本を置く場所に制限があり、そして肝腎なこと、図書館が住まいのすぐ近くにあるので図書館に行く。しかもパソコンで検索して予約できるので、以前から読みたかった本を借りられてうれしい。ずっと読みたかったエドモンド・ホワイトの「美しい部屋は空っぽ」を予約して借りたところである。
また、返還されたばかりの本を置いたワゴンにけっこう読みたい本がある。吉屋信子の「あの道この道」もそこににあった。1930年代に「少女倶楽部」に連載された小説で映画化もされている。名前だけ知っていた作品に出会えて幸せであった。内容は「花物語」「暁の聖歌」「屋根裏の二処女」よりもドラマチックだけどお説教くささが強い。でも、軍国主義にのめり込んでいく時代に合わせて書いているけれど、本質は“乙女の心”なのである。

2003.6.27


梅雨の晴れ間に買い物


梅雨の中休みというのか、曇ったり晴れたりの天気だが気持ちの良い風が吹いている。プールはお休みだし、いまの間に買い物に行くことにした。赤いトートバッグを肩に掛け、まず地下鉄で本町まで出て丼池(どぶいけ)の問屋街の店で夏の下着を買った。これでこの夏は大丈夫。
心斎橋に向かって歩くとすぐ丸善がある。ボタニカルアート展の案内をもらっていたのでちょっと寄ってみた。半年に1回くらいやっているから人気があるんだろう。わたしは本を買うほどではないけど、絵はがきはけっこう買っている。でも今日はマンネリだなあ、絵はがきを買うこともないわと、さっと見てまわって帰ろうとしたら、受付の人と2人の婦人が話していた。ざーます言葉である。どうやら2人はボタニカルアートを習っているらしい。美術館で晩のおかずの相談をしているご婦人がたにもハラが立つが、こういうカルチャー婦人も気に障る。ふふ、わたしのヒガミであろう。なにも買わずに丸善を出て東急ハンズまでぶらぶら歩いた。
今月は(正しくは「は」でなくて「も」だが)家計が苦しいので無駄遣いは禁物。台所用品の補充品だけ買って帰った。喫茶店に寄らず、おやつもなし。

2003.6.26


夏の総菜スープ


うちでは1年中朝食の基本はスープである。夏も冬も熱い実だくさんのスープを食べる。この間、近所のイタリア料理の宅配チラシが入っていたが、総菜スープというのがあって写真がついていた。うちのと同じ実だくさんのスープで、なるほど総菜スープというのかと納得した。流行っているのかな? それともイタリア家庭料理の定番なのかしら?
夏のスープはトマトで決まる。定番のニンニク、ジャガイモ、ニンジン、タマネギに夏野菜いろいろ。ナス、ピーマン、インゲン、オクラ、ズッキーニなどの中からあるものを入れる。トウモロコシがあれば実をこそぎとって入れる。そして最後にトマトは絶対入れる。味付けは塩、コショウ、ローリエを必ず使う。そのときによってコリアンダー、バジルを使う。
欠かせないのがスープストック。毎週水曜日にスープストックをつくっておく。料理のたびに野菜の皮や屑をとっておいたのと、この日に配達された野菜の外側なんかを水で20分ほど煮る。冷めたら牛乳パックに入れて冷凍しておく。ズボラなわたしがよう続けているなあと我ながら不思議です。

2003.6.25


久しぶりにシュークリーム


掲示板でびわさんが土曜日にシュークリームを30個も焼いたと書いていた。うわーっ食べたい。シュークリーム大好物なのに1年くらい食べてない。堺筋本町で働いていたころは「贅六」(ぜーろく、大阪の人なら誰でも知ってる手作りの店、夏はアイスクリン、冬はシュークリーム)で毎日午後お茶しにいってシュークリームとコーヒー頼んでいた。あの会社にいた半年以来太ったんだ(笑)。
午後、部屋の掃除をした。ついでにクーラーを使えるように掃除した。ふだんは使わないが、来客があればつけないといけないので試運転もした。もひとつついでに台所の換気扇の掃除もした。天井についているので、踏み台に乗っても手を真っ直ぐに上げないととどかないのである。いつから掃除してなかったのかしら。もうめちゃくちゃ汚れていた。最近は動きが鈍いような気がしていたが、油がくっついていたせいかもしれない。もう少しちょいちょい掃除しなければ…。
シャワーを浴びてひと休みしたあと、自分に対する「ご苦労さん」としてケーキくらいおごってもいいじゃんと、気になっていたうつぼ公園横のパン屋さんに行ってシュークリームを買ってきた。うまいのなんのって!

2003.6.24


モーリス・ブランショ「望みのときに」


60〜70年代に流行にのって買ったモーリス・ブランショの本がまだ何冊か本棚に残っている。最後まで読むことがないままに終わってしまいそうだ、と思っていたのはいつごろだったか、とうの昔に忘れてしまっていた。今年のまだ寒いころ新聞の文化欄にモーリス・ブランショの追悼記事が載った。まだ生きていたのかというのが最初の思いだった。
なんだか申し訳なくて、わたしなりの追悼として彼の本を今年中に1冊読もうと思っていたら、図書館にあったのがこの本である。フランスでの初版は1951年だが、日本語訳は1998年に発行されたものだ。薄い本で解説がかなりページ数をとっているから読めそうだと思った。頭から“難解”と思っていたわけね。しかし、読み始めると文章がやさしくて読みやすい。一人の若い男とクローディアとジュディットという二人の女性が出てくるだけである。
読んでいるうちに、昔大好きだった映画を思い出した。アラン・レネの「去年、マリエンバードで」(1960)である。わたしは京都の日仏会館でやると聞いて出かけた。次の月にビュトール原作の「心変わり」を観た憶えがある。日仏会館は百万遍の近くの広い庭のある瀟洒な建物だった。
もともと難解というかうっとおしい映画なのに、英語の字幕がついたのを観たのだからたまらない。しかし若かったからありがたく観せていただいた(笑)。それからは名画上映会みたいなので観て、その後はレーザーデスクで何度も観たが、それだって遠い昔になってしまった今日この頃…。「望みのときに」を読んでいたら、突然その映画が浮かんできたのである。モーリス・ブランショ、2003年2月20日死す、享年95歳。

2003.6.23


今日の失敗


蒸し暑い日が続いている。でも2日ほど雨が降らないので洗濯ものを乾せるから助かる。年に一度の大掃除で1週間休んでいたプールが昨日からやっている。昨日も今日もまじめに行った。水が軽く感じられる。照明が明るくなったようだ。今日は土曜日だから子どもやカップルが多かった。こんなときは屋外プールを開いたら利用者が多いし、普通に泳ぎくとか歩く人に親切だと思うが、決められた日まで開かないのである。これがお役所仕事やと言っている人がいた。同感。
水の中を歩いているとドアの外に隣接した寺の庭の泰山木が見える。桜、八重桜、ハナミズキと外の花は変わっていくが、こちらは体重が変わらないのナンギ(笑)。
さて、今日の失敗である。ケータイを買ってからそろそろ1ヵ月が経つ。その間に2度充電している。今日3回目のお知らせ音がなったので、充電用置台にセットしたのだが、充電されていない。もう一度やってみたらセットしたケータイが浮き上がっている。押しているとつながっているということは、カチンと定着させるところがおかしいのに違いない。これは初期不良ではないかと、買ったお店に持っていった。答えはカンタン、バッテリーが開いていたのである。「落としはりませんでしたか、そのショックでここが開いたんですね」とのこと。閉めたらちゃんとセットできた。「なんでも聞きにきてください」と言う声に送られて店を出た。カッコわるぅ。

2003.6.21


杉村春子のロクサーヌ


労演っていまもあるのかしら。ちゃんと書くと勤労者演劇協会だっけ。そこに文学サークルの友人が働いていてよくタダ見させてもらった(その彼はとうに亡くなったと先日聞いたところだ)。わたしが働いていた職場は労働組合がないし、何人かがまとまって演劇を見るというような上品なところではなかったので、労演の会員にはなれなかったからだ。その代わりに会報の穴埋め原稿を書かされたり、事務所で用事をさせられた。そんなことで、毎月一度は労演主催の芝居を見て、その他にも好きな芝居は見に行っていた。文学座の「シラノ・ド・ベルジュラック」はどっちだったんだろう。
「シラノ」の翻訳は辰野隆で岩波文庫だった。子どものころから文語調の名訳が楽しくて何度も読み暗記していたものだ。「これはこの、ガスコンの青年隊、率いるはカルボン・ド・カステルジャルウ」なんて節をつけて歌い上げるように言うのである。
文学座の芝居はシラノが三津田健、クリスチャンは誰だったろう、ロクサーヌが杉村春子だった。若くも美しくもない杉村春子がロクサーヌを演るのだが、それが若くて美しくておきゃんな娘に見えるのである。そして最後の幕が修道院で、だんだん夕暮れがせまってくる。その中でシラノが手紙を読むのだが、もう暗いのに延々と読み続け、ロクサーヌがその手紙の書き手はシラノであったことを知る。とてもいい場面だった。

2003.6.20


杉村春子のブランチ・デュポア


昨日の新聞にオペラ「欲望という名の電車」の日本初演の記事があった。書いているのは、わたしははじめて知ったのだが、一昨年にブランチを演じた女形俳優、篠井英介さんである。その文章の中に、杉村春子のブランチにまさる日本のブランチはいなかったと書いておられる。わたしは日本初演の公演(東京が一番でその次に大阪公演があったと思うが)を見ている。スタンリーが北村和夫でステラが文岡朋子であった(記憶に間違いなければ)。
その前に映画の「欲望という名の電車」を見ていた。1950年代である。ヴィヴィアン・リーがブランチ、スタンリーがマーロン・ブランド、ステラがキム・ハンターだった。「哀愁」のヴィヴィアン・リーの優美な美しさにうっとりしていた少女にこの映画はきつかった。しかし、薄い衣装に衰えた肉体が透けている、そして酷薄な男に明かりを向けられて醜さをさらす姿が、かえって美であると思ったのだ。
文学座が「欲望という名の電車」をやったのはいつごろだったのだろう。杉村春子は一拍おいたような自己陶酔していない役作りであったと思う。こういう女を私は演じているのよ、というような余裕があった。
それにしても、ヴィヴィアン・リーと杉村春子の肉体を通して、何十年経っても記憶に甦ってくる、ブランチという女をつくったテネシー・ウイリアムスはすごい。そして演じた2人はとうに亡くなったけれど、2人のブランチは心の中に生きている。

2003.6.19


「きみはペット」が終わって


半年か3ヵ月かやっていたテレビドラマ「きみはペット」がおもしろかった。家でテレビモニターを見ているときは、レーザーデスクやビデオの他は野球だけという時代が長かったんだけど、最近は気に入れば全回見たりする。
スミレ(小雪)はエリート新聞記者で、マンションの前でケガをしている男の子(松本潤)を見つけて部屋に入れ、モモと名付けてペットとして飼うことにする。実はモモはバレエダンサーとして将来を嘱望されていたが反抗して家出していた。スミレには東大からの先輩記者ハスミさん(田辺誠一)が求婚しているが、ペットを隠し通そうとするからややこしいことになる。
今日は最終回だった。モモはコンテンポラリーダンスを学ぶためにドイツに行くことになる。最後の一夜をはじめて共にした2人は朝気持ちよく別れる。スミレはハスミさんにすべてをうち明けるが、ハスミさんは受け入れられないと去っていく。片やモモは飛行場まで行くが、スミレの許にもどろうとして事故にあう。今ごろはドイツで楽しくやっているだろうと、ひとり淋しく温泉に行こうとしているスミレのところへモモが腕を吊った姿で帰ってくる。それからは2人の楽しい生活がはじまる。という具合に、とても気持ちよいラストになった。
先週だったか、スミレは職場の男性たちに、ハスミさんが外国へ転勤するから結婚退職すると思われていて「女は無責任」みたいなことを言われる。それ以前は、生意気な女といっしょに働くのはかなわんと言われていた。いまだに新聞記者なんてそんなもんなんかな。でも、スミレはハスミさんと行かないと決めてからは、職場で孤立しないような配慮をしながら記者生活を続けていく。松本潤くんがすごく可愛かった。田辺誠一くんは損な役であった。先日ネットで捕物帖を調べていたら、むっつり右門を田辺誠一にやらせたいという意見に出合った。適役かも。

2003.6.18


吉屋信子「暁の聖歌」


国書刊行会から雑誌「ひまわり」復刻版のセットが出たときに予約して買ったおかげで、いまだに乙女ものが出版されると案内がとどく。いつもはすぐ捨ててしまう新刊案内がまだ手許にあるのは、淳一の絵がちりばめられているから。ときどき出して眺めている。本のほうは雑誌復刊はもうよくて、「吉屋信子乙女小説コレクション」のほうはずっと前に全集などで手に入れているから、装幀がいいので欲しいけどがまん。
昨日図書館で返却本の棚から呼んでいたのが「暁の聖歌」(ゆまに書房)であった。この本は出ているのも知らなかったし読んだこともなかった。昭和3年「少女の友」に連載されたものだという。帰ってすぐに読みだして寝る前には読み終わっていた。このスピードは吉屋信子の本にそぐわないけど、おもしろくてずんずん進んだのでと弁解。しかし、堅い出版社がなんで吉屋信子なんだろう。
北海道で農園を営む家で、祖母と叔父に可愛がられて育ったちえ子のところに、美しい叔母という人が東京からやってくるがすぐに帰っていく。彼女は不幸な結婚で生まれた子どもを実家において再婚していたのだ。孤独なちえ子はアイヌの少女ミナと仲良くなる。ミナが授業のときにアイヌの民話を語るところ、また春になって雪が溶けるころ、地面に両手をついて片頬を大地につけ「雪が逃げる!」と叫ぶところなど、北海道で育った吉屋信子ならではのリアリティがある。
S市の女学校へ行くと姉と慕う人ができるといういつものパターンだが、この人が卒業してちえ子の叔父さんと結婚して、本当の叔母さんになるという、これはちょっとびっくりのストーリー。農園では洋館を建てて待ち、すごい荷物を持ってお輿入れをする。それからちえ子の嫉妬心やら病気やらがあって、最後は東京から母が来て真実を話す。病院のベッドに横たわるちえ子の唇に母が口づけする。思わず、えっとのけぞった。まったく信子はすごーい。

2003.6.17


エリック・ガルシア「さらば、愛しき鉤爪」続き


13日に感想を書いたが、今日はその続き。
えぐいと言えばえぐいこの作品に清潔感がただよっているのは、ハーブのせいだと思う。ヒトが麻薬をやるように、恐竜たる私立探偵ヴィンセント・ルビオはハーブ中毒者なのである。バジルを噛んでラリっているのだ。ハーブ中毒って、麻薬をやっている探偵よりも読んでいて清潔な感じがする(笑)。
最後は事件から1年後、事件解決に手を貸してくれた女性私立探偵グレンダと、共同で事務所を持つことになる。そして定期的に「ハーブ中毒者更正会」の集まりに出る。最後にハーブを口にしてから213日経ったとあるのもおもしろい。会の主催者が元セロリ中毒で、もちろん恐竜でドジャースの遊撃手だとか。最近は映画でよくこういう会のありさまを見ているので納得できる。
「さらば、愛しき鉤爪」というタイトルはチャンドラーのもじりだが、これは日本でのタイトルであった。原題は「Anonymous Rex」である。テレビ化されるそうだが、放映するのはSF専門のケーブルテレビとのこと。ミステリとして翻訳されてミステリ読者だけが読んでいたらもったいないと思ったが、アメリカではそうじゃないみたい。

2003.6.16


田辺寄席 第352回(2003年6月)


どんよりと曇っているが雨が降っていないので慌てて洗濯して出かけた。今日は田辺寄席の日である。会場がある桃ヶ池公園は、蓮が伸びて水面が見えないくらいになっている。来月は花が見られるかな。そう言えば、最初に行ったのが去年の7月で、蓮の花を見たっけ。
到着するともう受付がはじまっていて、お気に入りの壁にそって置かれた椅子は空いていない。それで今日は一番前に座ることにした。そしたら、ほんとにライブ感覚なのだ。目の前で演じている噺家さんの言葉や身振りがじかに飛び込んできてすごくよかった。後を振り返ると大入り満員、入りきれずに帰ってもらった人もたくさんいたとのことである。
開口0番の桂文太さんの話は「東と西」がテーマなのだが、最近の仕事は東西南北に広がって、南は南田辺、西は西九条、北は北千里、東は東梅田だと言って笑わせた。わたしの活動範囲よりすこし広いなぁ(笑)。また、江戸落語の発展は室内でのことが多かったので、いまの地味なやりかたとなり、上方では大道芸だったから、前に置く台があったり、音高く打ちならしたり、扇子も派手であると実物を見せての説明であった。
「ろくろっ首」桂壱之輔、間の抜けた男が養子の話を持ち込まれる。相手は美しい娘だが夜中に首が伸びるという欠点があるという。弟子入り7年目で25歳という若々しい壱之輔さんであった。
「饅頭怖い」桂蝶六、有名な「饅頭怖い」は「今度は茶が怖い」に行き着くまで、どんなふうにやるかが腕の見せ所だということがわかった。いろんなものを怖がるやりかたを華やかにやっておもしろかった。饅頭をおいしそうに食べるところがうまかった!
「鬼の面」桂雀喜、この噺、テレビの上方演芸ホールで雀三郎さんがやっていた。中川桂さんの解説に雀三郎さんが20年ほど前に復活したと書いてあった。なるほど雀喜は雀さんの弟子やもんな。この人はわたしと波長が合うと勝手に思った(笑)。
「平兵衛野盗伝奇」桂文太の贋作芝居噺。薄藍色の紋付きに狐色の袴姿がきまっている。こんなに着物姿の美しい日本男子を他に知らないってくらい惚れ惚れした。
盗賊・口縄の平兵衛は豊かなものから盗み、貧しいものにそれを与えるという義賊である。息子の鬼夜叉がさらし首にされるが、何日かの間に吹雪丸という笛の音で生き返るということなのだが…。かっこいい。
「猫の忠信」桂蝶六、歌舞伎の狐忠信のパロディなのだが、お師匠さんの三味線の表側が父猫、裏側が母猫という猫が人間を化かす悲しさが余韻を残している。

2003.6.15


北堀江のカフェ garage flower のお菓子


雨の降る土曜日の午後、友人がケーキを持って遊びにきた。わたしが散歩のときに前を通って、そのうち入ってお茶するかケーキを買おうと思っていたお店のケーキである。堀江ならきれいなお菓子を売っていると思って、心斎橋から探しながら歩いてきたそうだ。“友あり遠方より来る”そして“有難きはものくれる友”ちゅうところかな。
さっそくおいしい紅茶を入れてチョコレートケーキを食べた。生チョコレートの香りがここちよい。最近体重のことを考えて甘いものを控えるようにしているので、こうしてもらいものをすると、二重にうれしい(笑)。
あとで食べるようにと置いていってくれたのは、堅く焼いたスコーンで、セロハンの袋に入っているのだが、garage flower のシールが貼ってあって、その下にギンガムチェックの小布がちょこっとはさんである。食べるまで目で楽しむようにというお店と友人の配慮に感謝である。

2003.6.14


エリック・ガルシア「さらば、愛しき鉤爪」


お気に入りのシリーズを新聞広告で見て買いに行くくらいで、ここんとこミステリ新刊情報にうとくなっている。ミステリ雑誌も毎月買わないし、ミステリファンとのつきあいがないから耳からの情報もない。「このミス」のような順位づけは好きでないときて、ほんとに情報不足である。エリック・ガルシアの「さらば、愛しき鉤爪」は朝日新聞の紹介記事でほめていたので気になっていたのだが、それから1年以上経ってようやく買ってきた。
シニカルに言えば、ハメット、チャンドラーと続いてきたハードボイルド私立探偵小説が、女性探偵、ゲイ・レズビアン探偵、隻腕探偵等々を生みだしてきて、遂に恐竜探偵に至ったわけだ。私立探偵小説としてそう読める。しかし、わたしはこの小説はファンタジーだと思う。ミステリとして分野わけせず、ファンタジーの愛読者に読んで欲しい。官能的な描写にわくわくするはずだ。
主人公の私立探偵ヴィンセント・ルビオは恐竜である。アメリカの人口の5%は恐竜であるということでこの作品はなりたっている。現存の恐竜は16種いて評議会がある。恐竜はふだんは人間の扮装をしている。その扮装の細かい説明が笑える。そして人間に恐竜であることを知られたら、人間を殺すしかない。恐竜どうしは匂いでわかり、匂いのない人間と区別している。いろんな分野に恐竜が活躍していて、フットボールの選手に多いという。
自分の家やホテルで一人になったときルビオは扮装をとる。その様子がなんとも言えずセクシーなのだ。また格闘場面ではどうしても尻尾を振って相手をやっつけねばならないときがある。扮装を破り捨て雄叫びをあげる。その勇壮なところもうれしくなる描写である。
とは言え、ストーリーはミステリ仕立てで、毎度おなじみの卑しい街を行く、気持ちは気高い探偵の心意気である。「中流にのしあがるには長くたゆまぬ努力が必要だが、そこから転げ落ちるのはあっという間だということだ。」なんて一文無しになりかけて独白する。
事件が解決し、愛した女が去っていき、1年後に遠いところから絵ハガキがとどく。そのハガキには鉤爪の筋と小さい5本指の形があった。(ヴィレッジブックス 860円+税)

2003.6.13


パンにはバターをたっぷりつけてください


なぜか突然「パンにはバターをたっぷりつけてください」という言葉があたまに浮かんできた。そして何十年ぶりかで絵本「可愛いトロット」というタイトルも浮かんできた。子どものときに家にあったフランスの絵本の翻訳ものである。読んだときはまだ小学校へも行っていなかったと思う。汚い本だったが大好きで何度も読んでいた。
トロットという可愛くてやんちゃな男の子のお話で、ストーリーはあったのだが忘れてしまった。覚えているのはトロットがベッドに入る前に母親にお祈りを言いなさいと言われて、「神様、毎日のパンをお与えください」と祈るのだが、心の中で「パンにはバターをたっぷりつけてください」とつけ加えるのである。
この絵本では三日月パン(クロワッサンをこう訳していた)というのが出てきて、当時は大いに想像をかき立てられた。それでわたしはいまだにクロワッサンに弱いということにいま納得がいった。じっと思い出していたら、トロットが三日月のお月さんを見て、クロワッサンを思い出しているシーンが浮かんできた。

2003.6.12


お気に入りのキーボード


冬物をしまうのと夏物を出すのを同時にしないと、狭いわが家の押入はうまくいかない。必要なものしか持っていないが、ただ本を小さいダンボール箱につめて重ねてあるのが余分な荷物である。
その他にはコンピュータ関係のものを入れた箱がある。もしかしたら使うかもしれないと思っておいてあった古い部品なんかを整理していたら、お気に入りだったキーボードが出てきた。13年くらい前、マックのSE30を買ったときについていたものである。それ以後のキーボードの作り方と違うという話を聞いたことがあるが、文字が打ちやすくて指にやさしいのである。
だいぶ前のことだが、ソフマップの中古品売り場で2万円で売っているのを見たことがある。そのころ欲しくて探している人が多いと聞いた。それで大事にしていたのだが、いつだったか拡張キーボードに切り換えてしまった。味も素っ気もありゃあしないとモンクを言いつつ、便利だからしょうがないと使っていた。
こうして出してみるとクラシックな雰囲気がステキだ。キーに英文字しかついてないので表面がすっきりしているし、手前から向こうへゆるいカーブがあるのが使いやすさになり、見た目も美しいのだろう。当分ファンクションキーの代わりに〈コントロールキー+○〉とメモを見ながら打たなきゃならないが、そんな不便以上に気持ちよく使えそうでうれしい。新しいマックを買うまでこれでいこう。

2003.6.11


夏支度


今日から曇ったり降ったりの天気になるらしい。梅雨入りかな。羽毛ふとんをクリーニングに出してあったのをあわててとりにいってきた。注意書に、しまうときは虫除けを入れて密封しないことと書いてある。虫除けはラベンダーの干したのがあるので、小布を探して袋を縫って入れ、大きな布に包んでしまった。秋になったら良い香りのするふとんが出てくるだろう。気持ちはアリソン・アトリー「時の旅人」である。
昨日しておいたらパリッと乾いていたのにと反省しつつスリッパを洗った。扇風機を出してストーブをしまって、本棚を少し片づけ不要な本を捨てて掃除機をかけた。あちこち汚れたところを拭いたので気持ちがよくなった。最後はシーツ類を替えて洗濯した。
夏帽子と夏のバッグ類を出して壁にかけて、夏の装いの部屋になった。ずいぶん簡単な夏支度ではある。

2003.6.10


アンナ・ヘグルンドの絵本「ふたり 〜ミーナ中国へ〜」


アンナ・ヘグルンドがスウェーデンの人気画家ということも、邦訳された本の挿絵をたくさん描いていることも知らなかった。この前に「かきねのむこうはアフリカ」という絵本(文はバルト・ムイヤールト)を見て、暖かい絵を描く人だと思っていたら、相棒が図書館からこの本を借りてきた。「ふたり」シリーズの3作目である。本のかたちがいい。大きさも可愛らしい。内容は子どもの絵本というよりも大人に向けた絵本である。
クマのミーナとコーゲは楽しく暮らしている。ちゃんと服を着て都会生活をしている可愛らしいクマのカップルである。ある日、ミーナが本を読んでいて突然その本に出てくる国、中国へ行くと言い出す。留めても聞かないのがわかっているので、コーゲはまめまめしく送り出す。中国へ着いたミーナは心細くなったりしながらも、親切な老人と知り合い、想像していた中国を知ることができる。中国人はみんなパンダなのがおもしろい。
無事に帰ってミーナのほうは旅の話をしようとしているのに、コーゲはスーパーで安かったコーヒーのことなんかに気を取られていて、全然聞いてくれない。まあいいかとミーナは思いコーゲとの安らかな日常に戻っていく。
いまは平和なふたりだが、こうなるまでの「ふたり」の間のいきさつが、前の2冊にあるようだ。1冊目はコーゲが旅に出ていったようだし、2冊目のタイトルは「ミーナの家出」だもんね。

2003.6.9


今日は真夏日だったらしい


今日は暑くてだるくていやな1日だったなぁ。どこも行かずに部屋でごろごろして、梅酒の梅をジャムにして、じゃがいもをたくさん茹でてポテトサラダをつくった。その後は恐竜が私立探偵という官能的なミステリー「さらば、愛しき鉤爪」を読んだ。半分くらい読んだところだがものすごくおもしろい。この間までイギリスの竜の話(「ゲド戦記」)を読んでいたのに、今度はアメリカの恐竜の話である。アタマの切替がむずかしかったが、切り替わってしまうとむちゃくちゃおもしろい。
晩ご飯を食べながらサッカーを見た。4対1で負けてしまったが、アルゼンチンの選手が美形だったので、まあいいかってところ。中田選手が後を向いたときに美しい髪型が写ったのがよかった。せっかく見るのだからなんか楽しみをひねり出さなくっちゃね。
野球は中継がなかったようで、10時のニュースを見たら延長戦に入っており、11時前には負けてしまっていた。相手はヤクルト。6月、これからが踏ん張りどころだぜぃ。がんばれ阪神タイガース!!!

2003.6.8


鶏胸肉のおいしい食べ方「はちみつ鶏」


丸元淑生さんの料理の本に冷凍七面鳥の食べ方があったので、百貨店の鶏肉売り場を探し歩いたことがあった。10年くらい前のことだ。近ごろならいつでもあるだろうが、当時はめったに置いてなかった。ベーグルサンドをしたくて、よく似たものをと考えたのが鶏胸肉だった。皮をとって、塩をしてビタクラフトのフライパンに入れて途中でひっくり返して弱火で20分くらい。レタスとこの胸肉の薄切りでおいしいベーグルサンドができる。
そのまま食べるときは食べやすい大きさに切って、パブリカを振って食べる。つけ合わせにはレタスとコールスローが定番。
脂肪分がないことと値段が安いことが魅力で、週に一度は食べる。最近少し飽きてきたので、違う食べ方を考えていたら、堀井和子さんの本にあった。「堀井和子の気ままな朝食の本」、何度も読んでいるのにいままで気がつかなかった。チャイニーズのところだったからかな。
明日の朝食べるために前の晩に用意しておく。調味料(味噌、はちみつ、おろししょうが、おろしにんにく、酒)を合わせて鶏肉にこすりつけるようにまぶし、ビニール袋に入れて冷蔵庫に入れておく。食べるときに、味噌を軽く洗ってペーパータオルで水気を取りグリルで焼く。ライムのくし切りをつけたらよいと書いてあるが、今日はなかったのでなにもつけなかったがおいしかった。今日は朝食に食べないで、夜のビールのおかずになったがオーケーだった。

2003.6.7


細野ビルヂング「66(ろくろく)展」


西区役所の近くにある細野ビルヂングが建てられてから66年経ったということで、今日6月6日から3日間にわたってアートイベントが行われている。今日はオープニングイベントが夕方からあるというので行ってみた。近いのでゆっくりと夕ごはんを食べて顔を洗って出かけた。心地よい風が吹くたそがれどきの外出は気分がいい。
ビルの前は缶ビールや缶コーヒーを持った若い人たちでいっぱいである。中へ入ると元事務室だった部屋でイベントがあるようだ。この前行ったときは天井や壁の清掃中であったが、今日はもうきれいに汚れが落とされ、一番奥にタタミ2枚分くらいの白いボードが2枚立っている。その横に手作りのスピーカーがあり音楽が流れている。さっさと中へ入ったので、1脚だけ置いてあった椅子に座ってしまった。後からどんどん入ってきた人たちは床にぎっちりと座っているし、その後には立っている人がいっぱい。100人はとうに超えているようだ。
細っこい青年がが白いボードに紙を貼ってあちこちハサミを入れだした。そして別の紙に絵の具を塗ってハサミを入れた部分に押しつけると、ボードに色がついていく。音楽にのりながらそんな作業を繰り返して、1時間ほどして音楽がクライマックスに達したのと同時に画ができあがった。
左のほうは3本の木が夢のように立っていて、その横に淋しく建物がある風景。右側は大きな魚が描かれた。シーラカンスが見た夢を描いたと画家は語った。画が誕生する瞬間に居合わせて幸福であった。

2003.6.6


「御宿かわせみ」が好きになった


わたしは時代小説が好きというほど読んでないが、活字でさえあれば読んでいた子ども時代、家にごろごろあった本を好き放題に読んでいた。少年講談からはじまって、「半七捕物帖」「鳴門秘帖」「忠臣蔵」なんかを読んだ憶えがある。「神州纐纈城」はむずかしかったけれど魅力があった。「大菩薩峠」もむずかしかったが数冊目までは読んだ。その後は山本周五郎を20歳ごろに読んで好きになったがすぐに飽きた。ずっと後に読んだのだが、池波正太郎はいつまで経っても鬼平さまさまで飽きない。
10年くらい前に時代小説を突然読みたくなって、1年間の秀作短編小説を1冊にまとめた本を買ってきて読んだ。その中でいちばん惹かれたのが平岩弓枝「御宿かわせみ」であった。しかし、よかったとは言え、連作中の1編だからなんだかわけがわからない。東吾が頼まれて兄さんの元恋人に逢いに行くという話だった。おるいさまも東吾さんも恋人どうしということはわかったが、その意味ありげな振る舞いが腑に落ちなかった。そのままで何年か経って、数年前にサンテレビで古いテレビドラマの「御宿かわせみ」が放映されたのを2・3回見てようやく理解できた。沢口靖子が庄司るいになっていて盛りの美しさだし、東吾さんもオトコマエの正統メロドラマ時代劇だった。
そして今回、NHKドラマ(高島礼子がるい、中村橋之助が東吾)を数回見た。こちらは少しコミカルな仕上がりである。
好きとは言っても、短編小説を1作読んだだけなのである。堂々と紹介できるようになるまでだいぶん時間がかかりそうだ。いま調べたら、わたしが読んだ1作は「白萩屋敷の月」らしい。

2003.6.5


アーシュラ・K. ル=グウィン「ゲド戦記 5 アースシーの風」


「ゲド戦記 最後の書 帰還」から11年、新しく「第5巻アースシーの風」が発行された。第4巻を「最後の書」とはしたものの、作者はまだ書き終わっていないという気持ちが強くなっていったのだろう。いろいろなことに説明が加えられ大団円となった。おもしろく読んだけれど、読み終わってしまうと、「最後の書」の余韻を残した結末にしておいたほうがよかったかなとも思う。
物語は「最後の書」から10数年経ち、ゲドとテナーは竜の娘でもあるテヌハーとともに幸せに農作業と羊の世話をしつつ暮らしている。しかし、なにか世界の状態がおかしいとゲドは感じている。
実はこの世のはじめ人間と竜は同じものだった。だが、竜は野生と自由を選び、人間は富と力を選んだのだ。別れて生きてきた竜と人間の境界がおかしくなったことで、王レバンネンはテナーとテヌハーを招き対策を考えることにした。それでゲドは留守番をしているのだが、そこへローク島の魔法使いから紹介されてハンノキがやってくる。ハンノキは死別した妻のユリを忘れられなくて、悪夢に悩まされている。ゲドはハンノキを王とテナーたちがいるところへ送る。
いろいろなタイプの女性が物語の中心で重要な役目を果たすのがこの本のたのしいところ。まずテナーが中心にいて人たちを結びつける仕事をする。テナーとゲドの娘でありながら竜のカレシンの娘でもあるテヌハーと、もう一人の竜の娘アイリアンは、竜と人間の世界のかけはしとなる。王レバンノンの妃にするために送られてきた王女セセラクはベールをかぶって言葉もわからないが、実は賢くて最後は王と向き合う。死んでも夫ハンノキと結びつきが切れないユリは物語の最後の要である。(岩波書店 1800円+税)

2003.6.4


POSTCARD BOOK 中原淳一「ジュニアのスタイルブック」


公園で3人の少女が遊んでいるところを見た。小学校3・4年生くらいなんだけど、3人ともステキな服を着ているので、ちょっと立ち止まって眺めてしまった。フリルが斜めに入った薄いピンクのワンピース、スカートが2段になった濃いピンクのワンピース。白地プリントのブラウスに黒いジーンズ、3人ともほっそりとしていて、わたしって可愛いでしょ、と言ってるみたいな感じの子たちだった。
よく見ると、彼女たちの服って淳一スタイルなんだよね。わたしが少女時代に欲しがっていた服のスタイルとあんまり変わらない。それを普段着に着ているんだから、生活水準が上がっているんだ。わたしもあんな服が着たかった。けど買ってもらえない(まだ売っている子供服がダサイ時代でもあった)ので、淳一スタイルブックを見て憧れ、着せ替え人形を作ってつかの間満足していたのだ。中原淳一はわたしの夢と憧れだった。
中原淳一「ジュニアのスタイルブック」、こんなに夢のつまったポストカードブックが950円で買えるなんてすごい。どれも手許に置きたくて1枚も使えないから、ハガキ用に別に買ってこなくちゃ。(平凡社 950円+税)

2003.6.3


うちでは「ネバ・ネバ・ネバー」と呼ぶ


ここのところ美食(?)になりすぎていたわが家の晩ご飯メニューを、いま見直しているところである。野菜中心ではあるが量を食べ過ぎる。とにかく大食らいなのである。先日から大いに反省していて、今夜は酒の肴がなにかあれば、あとはみそ汁とネバ・ネバ・ネバーがあればいいとなった。
ネバネバは1年くらい前にテレビで見てつくったことがあって、このページに書いているはずと、検索したけど出てこなかった。「ネバネバ」はなかったし、「納豆」は単品としてしか出てこなかった。書かなかったのかなぁ。一度食べただけで忘れていたんだし。
そこで、いま書いておくけど、納豆、山芋、おくら、その他にもあったか憶えがないが、とにかくこれらネバネバするものを、みんなまとめて混ぜ合わせた食べ物である。これをご飯の上にのせて食べると、なんかわからんけど、胃腸に良いような気がする。都合のよいことに満腹感が味わえて、でも満腹が持続しない。わたしは夜の8時以降はなにも食べないことにしているので、非常に具合がよい。10時過ぎたらお腹ペコペコになる。いつまで続くかわからないが、目下ダイエットの必要に迫られているので非常によろしいようだ。

2003.6.2


大阪フィルに新音楽監督 大植英次さんが就任


テレビの芸術劇場で「大阪フィルに新音楽監督誕生…指揮者大植英次」という番組をやっていた。大阪フィルハーモニー交響楽団はわたしがクラシックを聴いていたころは関西交響楽団という名称だった。指揮者はずーっと朝比奈隆で、もう40年くらい前になるんじゃないか。わたしは10代のころはクラシックファンだったが、お金がなかったから地元の関西交響楽団がちょうどよかった。毎月ベートーベンの交響楽をひとつずつ演奏するベートーベン・チクルスというのにも行ったことがある。大阪にクラシックをやるホールがなかった時代だ。場所はサンケイホールだったか、昔の朝日会館だったか、もう覚えてない。辻久子のバイオリンリサイタルなんか映画館の松竹座へ行ったことがある。
フェスティバルホールができて、毎年音楽祭みないなのをやるようになってから、数年間はB席なんかで外国の音楽家の演奏をよく聴いたものだ。「マタイ受難曲」はほとんど寝ていたが…。
そんなことを思い出しながら、大植氏の練習風景やインタビューを眺めていたのだが、いい人が来てくれたんじゃなかろうか。音楽を創っていこうとするひたむきな態度がとてもよい。情熱的で大阪に似合っている人のような気がする。いつかきっかけがあれば聴きにいきたいものだ。

2003.6.1

写真:細野ビルヂング

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