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kumikoのほとんど毎日ページ

2000年5月


木村二郎さん訳 エドワード・D・ホック「サム・ホーソーンの事件簿 1」

エドワード・D・ホックという名前は聞いたことはあるが、作品を読んだ記憶がない。それで解説をじっくりにらんだがやっぱり読んだことはなかった。帯に“密室殺人、人間消失…”と書いてあるので本格ものらしいと思って郷愁に誘われた。ミステリーを読みだしたころはハードボイルドも本格ものも、なんでも読んでいたから…。
ニューイングランドの小さい田舎町に診療所を開いた青年医師サム・ホーソーンが、解決した事件を年老いた現在、思い出して語るというかたちになっている。田舎の人たちの描写が楽しい。ソローのように水車小屋で隠遁生活をおくりたいと来る人もいる。のんびりした田園にも事件はある。奇怪な事件がつぎつぎと起こり、看護婦のエイプリルがワトソン役になってサム・ホーソーンの推理は冴える。13の短編が集められていてみんなおもしろい。
読んでいて気がついたんだけど、わたしは本格ものを読んでいて、ほとんど謎解きの部分に気をつかわない。だから本格もののファンではないようだ。でも作品の雰囲気が好きと言ったらよいのかな。ディクソン・カーが好きと言ってびっくりされたりする。あの雰囲気が好きなのだ。ドロシー・L・セイヤーズにしても主人公の恋愛関係が好きなんで、あんまり密室のトリックなんて関心がない。
そんなわけで、この作品も禁酒法時代のニューイングランド地方の雰囲気が味わえてよかった。あとがつかえていたのでせかせかして読んだのがもったいない。もうちょっとのんびりと読みたかった。こんど近くにできたジャズスポットで、コーヒーを飲みながらもう一度ゆっくり読むことにしよう。(創元推理文庫 860円+税)

2000.5.30

ピーター・スピア「ロンドン橋がおちまする!」

先日「雨」といっしょに出してきた絵本の1冊。わたしはこの本ではじめてピーター・スピアという画家を知った。有名な「ロンドン橋がおちまする、おちまする、おちまする、ロンドン橋がおちまする、マイ・フェア・レディ」の歌詞とともに、当時の橋の絵が描いてある楽しい本である。橋の上に家があって人が住んでいたり、洪水があったり…。シェークスピアやディケンズの世界を空想できたりする。
しかし、この本はそれだけではなくって、ロンドン橋の歴史という解説があり、これがなかなかおもしろいのだ。橋にまつわる政治、文化、出来事などが書いてある。注があって、橋にかかわった王様や政治家のこともざっとわかるのがありがたい。
紀元前43年、テームズ河に最初の橋をローマ人がかけた。それから何回も何回も破壊されてはかけなおされ、1209年に最初の石造りのロンドン橋が完成した。その橋は622年使われてきたが、遂に1831年にサー・ジョン・レニーの設計で新しい石の橋が完成した。この橋は137年の間使われたが、崩れ始めてきたため、1970年にコンクリート造りの現在のロンドン橋が新たに造られた。レニー設計の石の橋は売りに出されたのを、アメリカの石油会社が大金を出して買い取り、アメリカのアリゾナ州に運ばれ、今はコロラド河にかかっていて、もう落ちる心配はないそうである。

2000.5.30

バラ模様の封筒

昨日の日曜は心斎橋まで買い物に行った。あちこち歩き回って買ったものは、クスリ、パソコンの本(わたしが買ったのはDreamweaver3.0の解説書)、プリンタのインク、今晩のおかず…。その他、大丸の屋上にイングリッシュガーデン(好みがあわない)ができたというので見たし、街の中もずいぶん歩いた。そうそ、オーパの紀伊国屋が6月閉店するそうです。
帰り道は歩き疲れてエネルギーが切れてきたので、チャルカっていう店によってバナナケーキを食べた。ここは雑貨も売っているので、ゆっくりと見て夫は段ボール紙の表紙のついたキザな手帳(1100円)を1冊買った。わたしはバラ模様のものすごく可愛い封筒(合計1100円)を2種類買った。お金を払っていると、「何度か来ていただいてますね」と言う。「ご夫婦ですか」とも。3回しか行ってないのに、こういうお店に年寄りはめずらしいのですぐ顔を覚えられる。それと凸凹コンビだから目立つのかも。

2000.5.29

テレビの映画「暗殺の森」

この映画を最初に見たのはいつごろだったろう。何回か映画館に通った覚えがある。ヌーベル・バーグやフェリーニ、アントニオーニなどヨーロッパ映画に熱中した後に登場した映画だった。昔見た映画はそのとき付き合っていた友人たちと同時に思い出すことが多い。60年代の友人たちの記憶が「突然炎のごとく」といっしょに出てくるように、「暗殺の森」の記憶は70年代はじめのジャズ喫茶の仲間とともに思い出される。
映画館で何回も見たし、ビデオでも見たけど、今回も息もつかずにという感じで見てしまった。ひとりのファシストの動きを通してイタリアのファシズムを描いている。ジャン・ルイ・トランティニアンが演じる青年がファシストに育っていき、学者夫妻を暗殺するところまでいく、そして政権崩壊したときの卑劣な行為のみじめさ。学者夫妻のこれはヨーロッパだなあと思える独特の華やかさ。学者の夫人を演じるドミニク・サンダの美しさ。昔は女性同士で踊るところのエロティシズムに酔ったものだけれど、今回はもっと深く理解できた気がして、年をとるのはすばらしいなと自分で思ってしまった。ベルナルド・ベルトルッチ監督の映画はずっと見ているが、この映画がいちばん好き。

2000.5.28

ピーター・スピア「雨」

雨が降っている。今夜はVFCの例会に行くというのに、大雨になるという天気予報が出ている。出かけるまでの午後の時間を絵本を見て過ごすことにした。お茶をいれて絵本を数冊ひろげるともう簡単に至福の時間になる。
雨と言えばピーター・スピア、というくらいに彼の雨の絵はすてきだ。雨が降ってきて、大慌ててお母さんが洗濯物を取り入れる。女の子と男の子が雨の中へ出かけていく。傘をさして長靴はいてレインコートを着て、横なぐりの雨の中を歩いていく。木々や川や動物たちに雨が降りかかる。雨の描写もいいけれど、雨があがってからお日さまが輝き、葉っぱが光って花が輝いているところのほうが好き。独特の細やかな線、さわやかな色づかいがきれい。
わたしは子どものころ、雨の中を傘をさして歩くのが好きだった。そして雨が上がってから、水たまりに晴れ上がった空が映っているのを見るのがが好きだった。水に映った神秘な世界に入っていくことを夢見たりした。

2000.5.27

扇子、うちわ、扇風機

うちの部屋は西向きで、いまからもう西日がすごい。物入れの奥からすだれと扇風機を出して、入れ代わりにガスファンヒーターとオイルヒーターをしまった。これで我が家は夏の準備ができたようなもの。
ついでにうちわを探した。去年買ったのがあるので、あわてなくてもよいのがうれしい。白と朱の無地の2本、骨はもちろん竹。もう1本は去年南御堂の盆踊りでもらってきた。タダなのにさすが御堂さん、骨は竹で花の絵が描いてある。
夏は扇子で決まる。6月になるといつもバッグに入れておく。秋草を淡く描いてあるのがお気に入り。裏には、これは昔からの決まりの同じ歌を記してある。「吾木香(われもこう)すすきかるかや秋くさのさびしききわみ君におくらむ」若山牧水のいちばん好きな歌で、扇子を買うとすぐに書いておく。
さて、すだれを吊った。大きい窓が2つあるので短いのを4枚。それから長いのをベランダに向けて吊った。我が家の夏はあと朝顔の鉢植えを置けばよいだけになった。まだこれから長い梅雨が来るっていうのにね。

2000.5.26

ピンクのポロシャツ

数日暑い日が続いている。去年の夏に着た服を出してみたが、もともと少ないのをとっかえひっかえしているのだから、みんな色あせている。さあて、今年もポロシャツとTシャツを買いに行こうと、エディ・バウアーへ行ってポロシャツとTシャツを2枚づつ買った。今年のピンク色はうんと淡くてきれいである。去年は鮮やかなピンクで気に入っていた。それを着て、気張って父親がいる施設へ着ていったら、施設の係りの人たち全員がまったく同じピンクのポロシャツ姿であった(笑)。だいたいにおいてわたしの外出着は人さまの労働着なのである。
帰りに本屋に寄って「iMacのレスキューハンドブック」というのを買った。兄のiMacがいまインターネットができない状態になっているのを直しに行かねばならない。D氏に電話で状態を話して対応を教えてもらったが、自分でも勉強しとかねば、と殊勝な気持ちになっている。わたしのマックのシステムは夫が完璧にやっているので、わたしの出番がない。それで、よそのマックでシステムの勉強をしてしまおうというわけ。できるかな? まあなんとかなるやろ。

2000.5.25

友のこいうた やぐるまの花

花屋で名前の知らないきれいなブルーの花を買ってきた。外国産の野の花ふうってやつ。細かい花と繊細な葉がとってもすてき。花の色でやぐるま草を思い出した。5月の花っていうとやぐるま草と思う。それからイキシアって花も5月になると思い出す。花言葉が団結って意味だそうで、ずっと昔女性ばかりのサークルをつくったときにイキシアの名前を借りたことがある。例によってというか、団結はすぐ壊れちゃったんだけどね。
ま、それはおいといて、ブルーのやぐるま草が好きだ。そして、石川啄木のこの歌、「函館の青柳町こそかなしけれ友のこいうたやぐるまの花」を口ずさむ。この歌を思い出すから花が好きなのかも。なのに今年はまだやぐるまの花を見ていない。うわっ! えらいこっちゃ、って一人で騒いでいる。お風呂に入ってぼーっとしていたら、うたたねして、植木鉢を置いている家のある道を、やぐるまの花を探して歩く自分の姿を夢に見てしまった。

2000.5.24

体と心をリフレッシュ

はじめて鍼というものをしてもらったのはずっと昔のことで、ある文学サークルにいた年配の男性が鍼医者だった。家へよく遊びにいったが、ある日肩が凝ってかなわんと言うと鍼をうってくれたのだった。お金をもらわないから1本だけと言って肩にうってくれたのだが、こんなに深くはいっているんやで、とおどかされた。ウソかホントかこれは金のハリで体の中で折れても大丈夫なんて言う。時代劇の中に生きているような雰囲気の人であった。
それ以来いたって健康(でもないけど、大病はしてない)だったが、10年くらい前、雨に濡れた翌日太股がだるくなったことがあり、仕事場の近くでうまいと評判の針灸院へ行った。足を引きずって行ったのに、帰りはさっさと歩けたのには驚いた。
その後、膝をケガしたときに、女性がやっていると聞いて、いまの東洋療法センターへ行くようになった。Sさんにはそれ以来、毎月1回肩こりと腰とヒザをチェックしてもらう。目がぱっちりするのもうれしい。治療中はなんやかやとしゃべりづめで、これが心のリフレッシュになる。共通の好みは「鬼平犯科帳」で毎回話題になる。翻訳ミステリーを読みはれへんのが残念だが、VFCの会報をきちんと読んでくださって「わたしはヴィク・ファン・クラブのファン」と言ってくださる。
そんなわけで、今日は体と心をリフレッシュしてきて、とってもいい気分。

2000.5.23

S・J・ローザン「新生の街」

S・J・ローザン「新生の街」(創元推理文庫 860円+税)は、私立探偵リディア・チン&ビル・スミスが主人公の「チャイナタウン」「ピアノ・ソナタ」に続く3作目。リディアはニューヨークのチャイナタウンに暮らす中国人女性で、母親と同居しながらも自分のやり方を通している。身長153cmとずいぶん小柄だが、8歳からテコンドーを習っていて、肉体的にも精神的にもちょっとやそっとのことでは身を引かないタフな女性だ。でもヴィクをはじめとする数年前までに登場した女性探偵とちがって、おっちょこちょいというか可愛いという印象があるので、日本の男性読者から好意を持たれそう。
今回はニューヨークで成功を狙う中国人の新進服飾デザイナーのジェンナ・ジンが強請られ、お金を渡す仕事をリディアに頼む。リディアと助っ人のビル・スミスがお金を公園の指定された場所に置きに行って襲撃される、という出だし。デザイナーの世界、モデルの世界、リディアの兄アンドリューは優秀なカメラマン、とニューヨークのファッション業界の様子をのぞき見る楽しさもある。チャイナタウンの中国人社会もくわしく書かれていて興味深い。
依頼主がいなくなっても、事件を調べないと気がすまないリディアは、夜の道で襲われても負けずにとことんつっこんでいく。ビル・スミスとの連繋もますます強まっている。最後にジェンナ・ジンと愛し合う白人男性ジョンの母親の憎悪が事件の根源だったことがわかる。ジェンナ・ジンとジョンが愛し合いつつ別れることで、コレクションが成功する。
最後にリディアがジェンナ・ジンに頼まれ、コレクションでゴールドのドレスを着てモデルをするところが感動的。【「あなたは、自分がほんとうに行きたい場所に向かっているように歩く。あなたがそうやって歩くと、あのドレスは流れるようにきれいに動くのよ。靴は──そうだ、裸足がいい! 最高! 裸足でいきましょう」】
岩田清美さんの解説がよい。

2000.5.22

「人を放さないでください」

今日もいつもの日曜のようにお昼ご飯を持って靱公園へ行った。直射日光がきつかったけれど、バラ園でバラの匂いにつつまれてご飯を食べた。またまた日焼けしてしまった。
帰り道は四つ橋筋へ出ようと、立ち上がって少し行くと、以前このページに書いたことがあるが、元テニスコートを芝の広場にしたところに出る。真っ正面に立て札が立っているのに気がついた。なにっ!これ!
【「愛人家の皆様へ」
公園利用者の中には人を怖がる人もおりますので、
公園内で人を散歩させる場合は人を放さないでください。】
白地に黒字ではっきりと書いてある。わたしはほんとに信じて読んでいた。だって最近のややこしい世情だもん、このへんにもなにかあったと思ってしまったのよね。で、ここまで読んだ時点で発行人はだれなんやって見たら、公園事務所となっている。「愛人家ってけったいな言いかたするんやなあ」って思って次ぎに目をやったら、毛玉を云々と書いてあるので、ああ、犬のことかって合点がいったんだけど…。「犬」という字の横の一とテンをきれいに消してあったのさ。

お知らせ⇒今日は久しぶりにエッセイページと、シカゴページに新着記事を入れました。エッセイは栗林ヨウ子さんの散策情報「ピレネー山麓を歩く」です。写真をクリックすると大きく表示されますのでお試しください。シカゴは中野和子さんのシカゴだより「ESLのすすめ」「アメリカの日本語教室」の2本を一挙にアップしました。シカゴで出会った人たちのことが楽しく書かれています。

2000.5.21

船場汁

味噌が切れているのを明けがた目が覚めて突然思い出した。ありゃ、どうしようと寝ぼけあたまで考えた。2年ほど前から朝食は和食にしているので、みそ汁は欠かせない。こんなこと滅多にないのに、最近なにかと考えることが多いからなあ、と自己弁護しながら思案した。そうそう、冷凍庫にきずし(しめ鯖)があるから、それで船場汁にしようと、起きて冷凍庫からきずしを取り出してまた寝てしまった。
そんなわけで今朝は船場汁。これは自己流でほんとの船場の船場汁はどういうふうに作っているのかわたしは知らない。新聞かなにかに出ていたのをええ加減に読んでつくったのを、おいしいから繰り返している。
昆布でダシをとり、銀杏に切った大根を入れて柔らかくなったら、きずしを適当に切って入れる。お醤油で味をつけて、刻んだショウガとネギを入れたらできあがり。鯖とお酢の味が出てとてもおいしい。今日は朝のみそ汁代わりにしてしまったが、酒のさかなにもなる。

2000.5.20

山本やよいさん訳 スザンヌ・ロドリゲス=ハンター「ロスト・ジェネレーションの食卓」

「ロスト・ジェネレーションの食卓」(早川書房 3500円+税)には“偉大な作家・芸術家たちは何を食べたのか”という副題がついていて、本をめくると各章の後にレシピがある。だいぶ前にこのページに書いたリリアン・ヘルマンとピーター・フィーブルマンの「一緒に食事を」も、その通りに作れる料理は少なかったけれど、レシピを読む楽しさでときどき開いている。この本も同じような1冊になりそうだ。
ロスト・ジェネレーションという言葉をガートルート・スタインがヘミングウェイに対して言ったということは知っていたし、1920年代にたくさんのアメリカ人がパリで暮らしていたことも知っていた。そのうちの何人かは名前を知っているし、本も読んだことがある。しかし、知らなかった人も多いのがわかった。知っていてもパリでどういう暮らしをして、なにを食べていたかなんか知るよしもないしね。
パリを去っていったヘミングウェイや、亡くなったイサドラ・ダンカン、スコットとゼルダのフィッツジェラルド夫妻などたくさんの人たちのパリでの気ままな暮らしは、不幸さえも古き良き時代という感じがする。
この本のなかでいちばん好きになったのは、ジェラルドとサラ・マーフィー夫妻だ。夫妻ともに特権階級出身だが、アメリカ国内の保守化に嫌気がさしてパリに移住、さらにリヴィエラですばらしいヴィラを購入した。そこでの子どもといっしょの楽しい生活ぶりはすばらしい。たくさんの有名人の友人との食事も最高。お金があるのもいいもんだ。

5月17日のこのページに書いたことについて初めての方からメールをいただいた。「愉快なホーマーくん」が大好きだとおっしゃって、カモが出てくる本の名前は「かもさんおとおり」だと教えてくださった。【おなかの出たおまわりさんが、鴨さんに餌をあげているシーンなどとても懐かしいです。(2冊とも今も愛蔵してます)】とのこと。ありがとうございました。

2000.5.19

桐の花は終わっていた

今日は桐の花を見に行こうと思う。
友人から、桐の花のことを原稿に書いたというメールをもらって、突然、すばらしい桐の木がある場所を思い出した。桐の木は近所にもあって、前を通るたびに眺めてはいるが、それだけですんでいた。そう言えば数年間あそこは行っていない。花が咲いている情景があたまに浮かんだ。
地下鉄鶴見緑地線で松屋町まで出て、長堀通りへの出口を探して地上へ上がった。たしか橋のそばだったと思って西のほうへ行く。方向音痴のわたしがめずらしく一発で行くべきところへ行けた。末吉橋の側の川端に桐の木はあった。しかし、数本でなく1本だった。記憶とはほんとにあいまい。わたしは数本の桐の木があると思っていた。数本あったのは楠だった。花盛りのときは豪華な薄紫が輝いていたのに、今日は花がほとんど終わって、少しの薄紫のほかは焦げ茶色の残骸があるのみだった。来年はちゃんと覚えていて来なければ…。
すぐそばに住友銅吹所跡がある。庭ですこし休もうと立ち止まり、振り返ったら桐の木が見えた。花が咲いているときにここから見たい。
心斎橋まで歩いて買い物し、本町へ歩いて用事を片づけ、家まで歩いて帰った。

2000.5.18

ROBERT McCLOSKEY「BLUEBERRIES FOR SAL」

子どものころホーマーくんが活躍する本を読んだ人は多いと思う。ドーナツがどんどんドーナツ製造器から出てくる話なんかがあった。あそこを読むのが大好きだった。マックロスキーの本に最初に出会ったのは、この「愉快なホーマーくん」(いま手元に本がなくて…題名間違ってないかな? 知ってる人は教えてください)だった。
ROBERT McCLOSKEYの絵本が好きで、洋書で何冊か手に入れている。最初が「TIME OF WONDER」。その次ぎにカルガモの親子がずらりと都会の道を歩いていくのを、お巡りさんが交通整理して無事に公園に着くところを描いた本を買った。これは病気見舞いにあげてしまって手元にない。どれも楽しい絵本で大好きだ。英語ができなくても、絵で内容がわかるしね。
この「BLUEBERRIES FOR SAL」を思い出したのは、先日デイナ・スタベノウの「燃えつきた森」を読んでいたときで、ケイト・シュガックがキノコ採りに行ってクマに出くわす。ケイト・シュガックのシリーズはどれもケイトがベリー類を採って保存食を作ったり、作って一安心するシーンがある。それでSALという少女がブルーベリーを採りに行ってクマと出くわすこの本を思い出した。
少女と母親はある日ブルーベリーを採りに山へ行く。どんどん採りながら登っていく途中、SALは母のバケツに手をつっこんで、ブルーベリーを食べて叱られる。それで自分一人で遊びながら採って食べる。それをクマの親子が見ている。山の左に母を追って歩くコグマ、右に母グマを追って歩くSAL。SALは母親グマに話しかける。コグマはSALの母親の後を追いバケツの中のブルーベリーを食べる。母がびっくりして声も出ない。そしてSALをさがすと、いつのまにかSALは岩陰で一人で遊んでいた。クマの親子は腹いっぱいでまんぞく、まんぞく。人間も次の冬に備えてベリーを採ってまんぞく、まんぞく。
表紙の見返しは、母が保存瓶にブルーベリーのジャムを詰めている横で、SALは椅子に乗って瓶の蓋につけるゴムの輪をおもちゃにして遊んでいる。それをちっちゃな猫が眺めている。ニューイングランド風な台所の絵がとてもすてき。

2000.5.17

郭公の声がきこえた

千里に住む兄がiMacを買ったのは去年の夏で、それから一人で格闘していたが、今年になってインターネットをはじめてからは、わたしがちょいちょい教え(?)に行くようになった。さっさとパソコンをものにした人にはアホと思える質問も、なかなかものにできなかったわたしには、その質問の出てくる「もと」がよく理解できる。この道はわたしの通った道ってことだ。それで根ほり葉ほりの質問にも面倒がらずに答えることにしている。
千里の駅から歩いて15分ほどのところへ行くのだが、今日はぐるっと回り道。道ばたに草が生えている小道と公園を通って45分ほど歩いた。
うちの近くにはないヒメジョオンがたくさん道ばたに咲いていた。アザミも1本見つけた。残念だったのは池の周りにレンゲの花を垣間見たが、柵と植え込みがあって側へ行けなかったこと。水の事故防止のためだろうが、池の周りを歩いていて池がほとんど見えへんなんてね。
木では、ニセアカシアの花がたくさん満開でよい香りがただよっていた。野バラの大きな株にもかぐわしい白い花がいっぱい咲いていた。トネリコの若葉が美しかった。
今日のいちばんでっかい出来事は雑木林から郭公の声がきこえたこと。これほんまやで。何年ぶり、いや、何十年ぶりのことやわ。とても収穫があった散歩だった。

2000.5.16

「ロックマガジン」の思い出

半年に一回発行するVFCの会報の版下ができあがった。今回もとても力強い内容の会報だ。もちろんマックで全部の作業をした。A4で20ページなのでA310枚を裏表コピーする。それを折って束ねるだけだけど、けっこう手間がかかるのを黙々とこなしていく。それから封筒に入れる。気持ちがすっごく充実しているのでどんどんはかどっていく。
この作業をするとき、いつも思い出すことがある。1970年代の終わりごろに、一度だけ手伝ったことがある「ロックマガジン」の出荷作業だ。若者の人数が足りないということで、わたしも製本屋まで手伝いに行った。製本された「ロックマガジン」を屋外で束ねて出荷できるようにする作業だった。阿木譲編集長を中心ににぎやかに働いていると、天気が良いのに雨が降ってきた。狐の嫁入りみたいなさっと通り過ぎた雨だったが、作業しているみんなが「雨や」と言って空を眺めたりしているときに、阿木さんは自分の体で雑誌を雨からかばっていた。そして雨が通り過ぎると、積んである「ロックマガジン」についた水滴を拭きだした。あわててわたしも彼にならった。そのときの阿木さんの照れた笑顔が忘れられない。阿木さんはなにか冗談を言ったのだが、なんと言ったか思いだせなくて残念。幸福感あふれる笑顔だったなあ。
いま、ささやかながら自分の作った会報を送る作業をして、ようやくあのときの阿木さんの幸福感がわかったような気がしている。

2000.5.15

「ダーマ&グレッグ」はおもしろい

昨夜のNHKテレビ「ダーマ&グレッグ」見た? おもしろかったね。ダーマの親たちはヒッピーの生き残りで、グレッグの親たちはアメリカの上流階級で、なぜかその子どもの2人は愛し合って電撃的に結婚し、おかしくも楽しい家庭をつくっている。
昨夜の「突然の赤ちゃん」では、ダーマの親たちは、地球にやさしくしようってんで、車に乗るのをやめ自転車で移動している。わたしたちも実は地球にやさしく生きようって、いつも歩いているわけだけど(笑)。だもんで彼らが長距離を自転車で走ってハアハア言ってるのを見ながら笑い転げた。広いアメリカではたいへんだ。
今回はダーマがスーパーのレジの女性の、これから産まれる子をもらって育てようって言い出す。これだけはお断りのグレッグ。結局、ダーマの両親が自転車でやってきて、母親が世話して2人の家の浴室で出産するんだけど、グレッグがお断りをやめると言い出す。おあとは来週のお楽しみ。
今日は会報づくりの合間に靱公園で昼食しようと歩いて行った。おにぎりと卵焼きと切り干し大根と果物とお茶を持って行き、バラ園のバラの香りのなかで食べた。おいしかった。クローバーの花をたくさん摘んできた。
会報は夕方完成、ごっつかっこええわ。さて、明日はコピーとり、紙折り、封筒入れ、発送の仕事が待っている。寝よ!

2000.5.14

木村二郎さん訳 ドナルド・E・ウェストレイク「最高の悪運」

「最高の悪運」(ハヤカワ文庫 840円+税)はドートマンダー・シリーズの最新作。ドートマンダーって泥棒に生まれついたような人と言ったらいよいのかなあ、自然体で泥棒なんだよね。そして相棒のアンディーの【「おまえが喜んで車に乗る唯一の理由は、アパートメントに馬を飼う場所がないからだ」】という言葉のように古風な人だ。
このシリーズは昔からずーっと読んでいて、読み出すと熱中してほかの用事に支障ができるとわかっているので、気軽に手が出せない。とか言っていても、結局読み出す。どこへ行くときも持って歩く。ちょっとしたヒマにも開いて、本が終わるのを惜しみながら読み終わった。今回は前の2冊「天から降ってきた泥棒」「逃げ出した秘宝」よりずっとよかった。
ドートマンダーが泥棒に入ってつかまり、指輪(同居人のメイが遺産としてもらった指輪を彼がはめていた)を、泥棒に入った家の主人、実業家のマックスに取り上げられてしまう。見つかって拳銃でおどされ、警察に突き出されて、盗まれたものはないかという警官の言葉で、マックスがその指輪だと言ったのだ。手錠をされているのにうまく警察の車から脱出する。
さあ、それから指輪を取り返そうっていう執念がすごい。マックスの足取りを追うのだが、一味にはコンピュータに精通している者もおり、鍵師もいるし、逃走車の運転に優れた者もいるプロ集団である。ドートマンダーが好きってほかに、どこが好きっていうと「鬼平犯科帳」にも似通っている、プロの集団が自分のすることをわかっていて自分の判断で動くところだ。
ニューヨークからワシントンまで追いまわし、最後にラスヴェガスでの大仕掛けも、指輪を取り戻す執念から来ているのだからあきれる。シリーズでおなじみの協力者がどんどん集まり、獲物もたくさんあって楽しい結末になる。しかし、大金が入ってもドートマンダーとメイの生活は変わらない。メイはスーパーマーケットで働いているが仕事を休まないし、ドートマンダーは競馬に誘われても、行こうかなってメイの顔を見るくらいだもの。
指輪を奪った実業家と刑事クレマツキーのやりとりもまたおもしろい。泥棒に盗まれたというのはウソで、マックスが泥棒を雇って自分の会社のもの(マックスは会社の所有物の家に住んでいる)を盗んだとクレマツキーは考えている。この本を読めば大金持ちがどういうものかもわかる。

2000.5.13

ささやかな新緑の楽しみ

狭いベランダと部屋の窓際の鉢植えの葉っぱが新緑で美しい(こういうのも新緑っていうのか知らないけど)。ハーブ類もどんどん伸びている。タイムのさきっちょに白い小さい花が咲いている。
その中でいちばんの見ものは萩、去年秋の植木市で買って長いこと楽しませてもらった。花がすんでからは隅に置き、冬中毎週1回水をやっていた。それがね、いつのまにか枯れ枝のような細い幹から芽が出てきた。いまはちゃんと萩の葉っぱになって数本伸びている(いちばん先に出た1本は洗濯物を引っかけて折ってしまったのだ、残念)。我が家では、この萩のことを“ささやかな新緑”と呼んでいる。
「今年の秋に萩の鉢植えを買ったら、来年の春こういう幸福を味わえますよ」ってお節介かな(笑)。

2000.5.12

カレル・チャペック「ダーシェンカ 2 子犬の生活」

新町1丁目にジャズスポット「街山荘」ができたという話を聞き、行ってみようとHちゃんと待ち合わせた。ところが時間が早すぎたのかまだ開いてなくてね。代わりに、すぐ近くで本日開店の画廊&カフェがあったので入ってみた。ここはまあまあだった。話がはずんで別れ難く、そのまましゃべりながら歩いてアメリカ村へ出て、例の遊べる本屋さんに行った。
なんやかやと騒ぎながら店内をまわり、先日買った「ダーシェンカ」の続きが1冊淋しそうに残っているので買ってしまった。Hちゃんはちがう出版社から発行の大型本を買った。
「ダーシェンカ 2 子犬の生活」は、平野甲賀さんの装丁・本文デザインがすごくいいんで、置いとく本としても楽しい。カバーをとると一面にダーシェンカの可愛いポーズのイラスト、見返しも同じ。楽しんで装丁・デザインをされたのでしょうね。普通の本より一回り小さいのも良い。
今月のここのページの表紙見てくださったでしょ。本の影をちょっと離しているのが、本が浮かんでいるように見える。それがね。この本を開いて最後を見たら「ダーシェンカ」1のほうの広告が出ている。それがおんなじ、影が離してあって、本が浮かんでいる。おかしくって…。
内容は、産まれたときは片手にひょいと載せられるほどの、白い小さなかたまりだったダーシェンカが、いろいろ学習して成長していく記録が書かれている。成長といっても子犬の相手をして母親のイリスはくたくたになり、人間もほとほと疲れ果てるのだが…ほっとしたと思ったのに…家は死んだように静まり返ってしまった。
子犬を人にあげたあとの孤独と、猫を亡くしての孤独とは違うと思うけれども、動物が生活からいなくなった孤独を思うとやるせないのよねえ。

2000.5.11

散歩の帰りはお茶とケーキで

散歩の帰りは普通の日はスーパーマーケットに寄ることが多く、荷物をぶらさげてさっさと帰る。というよりも、買い物のついでに足をのばして散歩してる感じ。日曜日は本屋へ寄ることが多い。買った本をコーヒーを飲みながらパラパラ読むのは幸せな時間だ。祭日の散歩はちょっと贅沢に、散歩だけでケーキとお茶ということになる。連休中はいろいろな店に入った。
心斎橋で人と待ち合わせたときに行くパット・オブラエンは、アメリカ村の中にあり、路地に入っていくのをおもしろがってもらえる。落ち着いた店内に座ると、時間を忘れておしゃべりしてしまう。ここではクラシックにイチゴのショートケーキを食べた。西へ行くとアメリカ村だが、東に行こうとなるとトヨサキがある。久しぶりに行ったらメニューが変わっていて、チョコレートシフォンケーキがめちゃくちゃおいしかった。いろんな種類のシフォンケーキがあるので、今度はちがうのを食べてみよう。
本町方面に行くと、靱公園の北側の、公園に面したビルに新しいカフェができた。アースカフェという、いまふうな店。テラスに座ると公園を庭にする贅沢ができる。今回はお腹が減っていたのでサンドウィッチにしたが、ケーキがすごく豪華でおいしそう。今度は果物がいっぱいのった美しいケーキを食べてみるつもり。

2000.5.10

おいしかったよ、アフリカ料理

最近アフリカ料理が流行っているとよく聞く。食べてみたいなあ、と気にしていたら、京町堀にアフリカレストラン「アクアバアフリカ」があるのを散歩中に見つけた。連休中に出かけて、おいしい夕食を食べてきた。
店内はちょっとカレー屋やアジア料理店と似通ったところがあるエスニック調で、入り口にはアクセサリーやポストカードが置いてある。アフリカ柄のシャツの若者2人が料理と給仕を担当している。店主のアフリカ人らしい人が日本語で注文を受けてくれた。けっこう広いお店で、お客はカップルが数組、10人ほどの家族が1組いて、みんな慣れたふうに注文している。
さて、我々のほうだが、なにを注文していいかわからないので、生ビールとカバブ(肉とネギの串焼き)をまず頼み、おすすめのCOCODY(カバブ、ワカサギフライ、チキンヤサ、クスクス、サラダ、ピーナッツソーがプレートにのっている。ココナツのお酒付き)とオムクスクスにした。お米がさらさらとして美味しい。唐辛子の入ったタレがぴりっとしている。
ランチメニューに特製アフリカンカレーというのがあるが、このお米に唐辛子のきついカレーをかけたらおいしいだろうな。またお昼にこよう。だいたいのことが食べながらわかったので今度はうまく注文して食べられそう。

2000.5.8

会報「VI」ただいま制作中

連休も今日で終わりです。会報を休み中に作ってしまいたかったけど、1/4ほどやり残してしまいました。VFCの会報「VI」は半年に1回出すことにしていて、いま作っているのは26号です。今回はいままで8年半の間に出した会報の総目次を作りました。バックナンバーを読みながらデータを出して整理したのだけれど、いろんな人を思いだしてなつかしかったです。
毎号、毎号、力作の原稿がそろっていて、そのときどきの会員がよく書いてきたと思います。こんなにきちんとした会報を出しているところってそんなにないんじゃないかしら。
その上に、毎号10数頁の「ニュース」を出しているんだもんね。と今日は自画自賛させていただきました。

2000.5.7

テレビの映画「ローマの休日」

以前(なんと20数年前)泉北ニュータウンの公団住宅に住んでいたことがある。ちょっと歩けばまだ丘があって、畑があって、タラの芽やノビルやわらびなど山菜がたくさん採れた。そのころはテレビを持ってなくて、たまに線路の向こう側の公団に住む友人のところに見に行ったものだ。
その夜は日曜日で、カラーテレビを見に行こうって行ったんだけど、日曜洋画劇場は「ローマの休日」で、白黒映画であった。あんなにがっかりしたことはない(笑)。
という過去を思い出しつつ、テレビを見てたんだけど、うまく作ったいい映画だわね、やっぱり。
オードリー・ヘップバーンって愛らしくて日本人好みで人気があった。当時家にあった「スクリーン」なんかの表紙にずいぶん出ていた。それで、生意気なころはバカにしていたりね。
今回ていねいに見ていたら、可愛いだけでない、うまい女優であった。グレゴリー・ペックにクルマの中でお別れを言うところ、前から見ると少女っぽく愛らしいのに、斜めに撮られた顔は、別れの苦悩を内面に秘めた成熟した女性だった。そして西洋の女って感じだった。ちょっと驚いた。

2000.5.6

今日はお知らせ⇒表紙のリニューアル

長い間考えていたトップページのリニューアルを今日してもらいました。
各ページごとに簡単な案内をいれました。また、SARA PARETSKY のページには広辻万紀さんによる英文の案内をいれました。それから4月11日に書いたようにNEWSのページを削除しました。
「ようこそ VIC FAN CLUB」のところの“VIC”が動くところを楽しんでください。ページのタイトルにマウスを持っていくと色が変わるのが、今回の大変化です。
全体に大人っぽく、ハードボイルドな感じに仕上がったので喜んでいます。せっかくの休暇をホームページの仕事にあててくださったデザイナーに感謝です。

2000.5.5

お茶うけ

カレーの店「らくしゅみ」のHちゃんがときどき仕事帰りに寄ってオシャベリをしていく。彼女は最近メインターネットをはじめたところで、楽しくてたまらない時期にいる。しょっちゅうメールをやりとりしても、話はつきない。というより、メールのやりとりが新しい話題を作っているみたいやね。
で、この間、ボランティア仲間と二人で来てくれた。お茶を出そうと思ったが、今日はお菓子もなにもない。そんでもって出したのが、うちの常備食である小豆の炊いたやつ。小豆を水に入れ弱火で炊く。ほんの少々塩味をつけているだけのものだ。小豆だから一見あんこみたいだけど、味もそっけもない。初めて食べたらびっくりするよ。でもきれいに食べてくれた。
もうちょっと前に週ボラのYさんが寄ってくれたときは、サツマイモのレモン煮があったので出した。これは鍋にサツマイモと水を入れ、砂糖だけで味付け、最後にレモンをたっぷりしませただけのもの。彼は礼儀正しくおいしいと言って食べてくださった。
そんなことが重なって、思い出したんだけど、昔、山梨県のおばあちゃんのとこでは、お茶どきにはだれかれなく炬燵に招いて「おあんなって」と漬け物とか梅干し(小梅で乾いたの)とかサツマイモのふかしたのを出していた。箸で挟んで出したものを手に受けて食べていたような気がする。
ケーキやクッキーなんかをがんばって焼くんじゃなくて、手間暇かけずに簡単でおいしいお茶うけをこれから研究してみよう。

2000.5.4

若い客

今日は夫が仕事で知り合った若い女性がわが家へ遊びに来てくれた。過去(19〜20数年前)には、男女とも20歳前後の連中が、ちょっと年上のわたしたちのところへよく遊びに来てくれた。今日の来客はそれ以来のことだ。VFC会員の人たちが遊びに来ていたのは5〜8年前のことで、最近は例会というものがあるので、我が家へ呼ぶよりそちらですませてしまう。それに年齢がちょっと上になるのよね。30歳前後の女性が大部分だし、40代、50代の人もいるし。
なにを言いたいかというと、過去の友人、いまの友人、みんなツーカーで話し合える。わたしなんかいちばん年上になるわけだけど、いちばん若いことを言っている(笑)。そんな自信が崩れた今日であった(笑)。
そりゃそうだわね。いま20代前半の人とわたしがツーカーではおかしくて当然。しかし、それだけでなく、ここにパソコンとかネットとかが出てくるから、ややこしい話になる。子どものころからパソコンが家にあり、自然に使って育ってきた世代の出現に目をまわしたというところかな。
いつもは、わたし自身がネット擁護にまわっているのに、彼女としゃべっていると、反対に活字擁護にまわってしまう意識が働いてしまう。そんな心理状態がわたしにもあることを体験したのも事実だ。
とはいえ、久しぶりに気を入れて食事を作ったし、ゆっくり食べながら長い時間いろいろ話を聞き、またアメリカ村を散歩してお茶とケーキでくつろいで、おもしろい1日であった。

2000.5.3

モンベルも好き

いまヴィクの次ぎに好きな女性探偵ケイト・シュガックは、アラスカ原住民のアリュート人で、アンカレッジのアラスカ地方検事局捜査部門で働いていたが、入植地にもどって一人で暮らしている。なんでこんなことを書いているかというと、彼女の服装は、常にエディ・バウアーのパーカ、ヘインズのTシャツ、リーヴァイスのジーンズ、ナイキのスニーカーなのです。わたしは町で暮らしているけど、服装は彼女と同じようなもので、それにL.L.ビーンと無印良品が加わっているくらいやもんね。
もうひとつはモンベル、ここの服はまだ買ったことがない。アウトドア用品屋さんなんだけど、ちょっと高級なように思うのよね。だけど、わたしの住まいからすぐのところに本社があり、ショールームのようなショップがあるので、よくのぞく。ここで買ったのはノートパソコンを入れる布のバッグ、ボランティアに行くための軽くてたくさん入る布のバッグ2つだけだ。
今日は思いついてサーモボトルを2つ買ってきた。出かけるときに、冷やしたお茶や水を入れて行くためのもの。カバーの布の色がしぶくて上品なんで気に入った。この店は見ているとなんでも欲しくなってしまう。今年の夏はバーゲンでTシャツでも買うとしょう。

2000.5.2

カレル・チャペック「ダーシェンカ」

それでは「ダーシェンカ」のお話をばいたしましょう。
この本はチャペック兄弟の弟のほう、そう「園芸家12カ月」を書いたカレル・チャペックの作品です。挿し絵も写真も彼です。一番うっとりする瞬間は、印画紙の上に子犬の姿が現れるとき、と書いているので、現像、焼き付けも自分でしているんですね。
ダーシェンカというのはチャペックの家で飼っているフォックステリアのイリスが産んだ子です。最初からこの子の飼い主は決まっていて、わたすまでの間をカレルが育てていたようです。可愛くてしかたない様子が見えて楽しいのだけれど、よそへわたさねばならぬ“別れ”の気持ちが、その可愛がりように悲哀をにじませて、切なくなります。 この本には「ダーシェンカのための八つのおとぎ話」とスケッチブック、アルバム他が入ってます。おとぎ話には、ダーシェンカに話しかけたお話が八つあります。七つは犬について語り、最後の一つは人間についてで、これからダーシェンカが出ていく世界で、どう生きていったらよいかを語りかけています。【人間と君は、血よりももっと素晴らしくて強いもので結ばれているんだよ。それは、信頼と愛情だ。 さあ、おいき。】ってこんなに美しい言葉を書いた人がいるんだなあ、と思うだけで幸せになります。また、こんなお話を聞いて育ったダーシェンカがうらやましくなりました。ダーシェンカはそれからどんな一生を送ったんでしょうね。
挿し絵も写真もめっちゃ可愛くて、手放せない本が1冊増えました。教えてくれたくみちゃんに感謝。
「ダーシェンカ」(新潮社 1748円+税)、他に文庫本あり、他の出版社のもある。

2000.5.1

写真は「ダーシェンカ」新潮社

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