昨夜12時ぎりぎりに入れたこのページにもう反応があった。古い友人からで、「遊べる本屋さん」は彼の住まいの近く、南港にもあるのだそうだ。昨日買った本の袋の表側はパルプマガジン風イラストがあっておしゃれだが、裏側はチェーン店の場所がずらりとあって、数えてみたら中部地区を中心に63店あった。アメ村店は64番目かな。しかし、なーんにも知らなかったなー。
最近古い友人からのメールが多い。ご愛読ありがとうございます、ってここでお礼を申し上げます。
この間わたしが愛読しているホームページの書き手が、知り合いと小説の話をしていたとき、下敷きに彼がその作家を好きという前提があったのでびっくりしたと書いていた。単純に自分が日記に書いたのを読まれていただけのことだけど、わたしも経験があるのでおかしかった。
もうひとつ思い出した。ホームページに日記が多いことを、否定的に「アメリカではこんなに個人の日記を公表してない、これは日本だけの現象だ」と言われたことがある。「日本には日記文学という伝統があるからやん」と答えたけどね。ま、いまのところ、好意的なメールをいただいております。
話はもどりまして、店内に足を入れると、足の踏み場がないほどの雑貨の山。本はどこにあるねん、と見渡せば目の前にジャズの名曲のCDがずらりと平積み。本はあちこちの壁の棚にある。料理の本のところには台所用品が、児童書の側にはぬいぐるみが、というようになっている。デザインの本、スポーツとそれぞれの雑貨とともにある。マンガもマニアックなのがそろっている。それぞれの本の選び方がほんとに素敵やねん。遊び場所が増えたのがうれしい。本屋さんの名前はジャスファンにはなんともかんとも懐かしのヴィレッジ・ヴァンガード。
犬の本、猫の本の棚にも知らない本があった。3月20日のこのページに書いた19年前の知り合い、くみちゃんが4月5日、チャペックのことを書いたときに教えてくれた本「ダーシェンカ」があった。文庫もあったけど、1995年発行、96年7刷だけど、オリジナルのハードカバー本を買った。あしたはこの本のお話をばいたしましょう。
朝寝をたっぷりしたのに、眼の疲れからきているのか頭が重い。午後、足湯をして、2時間の爆睡をしてようやく立ち直った。それから散歩に出た。相棒がこれから着るものを買いたいと言うので、心斎橋、アメリカ村方面に行く。某アメリカのカジュアルウェアの店エディ・バウアーでカッターシャツ1枚、某日本の格安衣料店ユニクロでTシャツを数枚買った。アメリカ村はどこもかしこも満杯で若者があふれている。ビッグステップの2階のお気に入りの雑貨店で、またピンクのスカーフを買ってしまった。薄いウールでよごれピンクの縦長、きれいなフリンジがついている。手染めなので微妙に色が変化しているところが気に入った。
1階に降りてベンチに座って前を通る若者のファッションを観察。色変わりのTシャツを2枚重ねて、その上に上着(カッターシャツが多い)の前を広げて着る。もちろん3枚ともパンツの外に裾を出している。微妙な色使いがうまい。このスタイルの若者がいちばんかっこええなあ、と意見が一致。
おれも今日買ったTシャツとカッターシャツを明日からああやって着る、と相棒が言う。どうぞ、どうぞ、お好きなように…。
帰りかけて三角公園の横を通りかかると、ビルの壁に「遊べる本屋」と書いてあるのが見えた。なに?っと4階までの長ーいエスカレーターを上がる。ありゃ、これが本屋かとびっくり、1時間遊んでしまった。おあとはまた明日。
暖かくなると洗濯物がたいへん。毎年の4月の仕事、カーテンやベッドカバー、それにセーター、マフラー、手袋、布のバッグ、みんなそれぞれの方法で洗ってかたづけた。クリーニング屋の支払いが多いのも4月。
今日はストーブの掃除をした。部屋が狭いので収納には苦労する。扇風機と入れ替えにするので、扇風機の出番まで部屋の引っ込んだところにつっこんでおかなければならない。汚れた換気扇を掃除して、床も洗剤で拭いた。隅っこからいつ抜けたのか猫のヒゲが出てきた。今年は猫の抜け毛で悩まされなくてすむなあ、となにげなく思った。
夕方、ちょっと足をのばしておいしいパンを買いに出かけた。土佐稲荷さんを通ると八重の桜が満開を通り越して爛熟という感じで咲いている。10本ばかりあるのが、みんな重たげに枝をしならせている。足下のピンク色が濃い。こんなに美しいのにひっそりとしていていいのかって言いたくなる、たそがれどき。
神社の境内と公園であれだけ咲いていた桜は、もう知らん顔して緑の葉っぱを繁らせている。あのほのかな色の花の下で宴会をしていたなんて、露ほどもわからない。はかない気分にさすのも桜。
ハモの皮の胡瓜もみで思い出したんだけど、同じ胡瓜もみでも、うんと豪華なのがある。
若い頃は料理するなんて考えたこともなく、親が出すものをなんでも食べた。大体において鯖の煮付けとほうれん草、秋刀魚の焼いたんと大根おろし、実だくさんのみそ汁、カレーライスみないなもので、豚カツや天ぷらがご馳走だった。天ぷらを揚げているときにさつまいもを一つもらうのが楽しみだったりした。
そんなもんで、家にあった食べ物随筆でずいぶん食通っぽいことを言っている割に、一人暮らしでも相手ができても、できる料理は野菜炒めくらいだった。それでなにが悪いねん、てなもんで、気にもしなかったしね。
家に友人を呼んでご馳走するのが好きになってからちょっと勉強した。「暮らしの手帳」の料理の本は最初にうち役に立った。いまでも中華風雑煮はうちの冬のレパートリーNo.1だ。あ、これはわたし流にアレンジしているので、冬が来たら書くことにしよう。その次ぎに役に立ったのが檀一雄の「檀流クッキング」だった。うちのカレーは檀一雄さんの教えどおり玉葱を20分炒めてつくる。
ようやく、胡瓜もみの話へたどりついた。「檀流クッキング」に出ていた料理。ウナギの蒲焼きを刻んで、錦糸卵をつくって、大葉、みょうがを刻んで、刻んで塩もみした胡瓜と混ぜる。これだけです。もちろんお酢と醤油で味付け。豪華で色がきれいでおしゃれで来客に喜ばれる。初夏のご馳走としておすすめ。
阪神は今夜広島に勝って首位。夢のよう。
ハモの皮、ハンスケ、ともに大阪の庶民の食べ物としてあげられるが、わたしの親たちは中年になってから大阪へ来たので、それがほんまのことかどうかわたしはよく知らない。
ハモの皮は父親が東京にいたころ、上司小剣(かみつかさしょうけん、たしかこういう名前だった)の「鱧の皮」という小説を読んで、大阪へ行ったら食べようと思っていたそうである。ハンスケも、なにかの小説に出てきたらしい。そんなもんで子どものころは解説付きで食べさせられた。
知らない人のために書くと、ハモの皮はハモの身を蒲鉾に使ったあとの皮で、蒲鉾屋で売っていた。昔はべろっと1枚の皮を直火で焼いて、はさみで切って胡瓜もみに使う。ハモの身がくっつているのが上等で、あそこの店のは全然身が付いてない、なんて言っていた覚えがある。いまはきれいに細かく刻んで味醂で味をつけたものを売っている。甘くなってしまって美味くない。先日さの半で買ったハモの皮は、刻んであったが味は付けてなくて、あっさりした胡瓜もみになった。また買ってこよう。
ハンスケはうなぎの頭のことで、豆腐と一緒に炊く。わたしが事務仕事で通勤していたころ、阪神百貨店のお寿司の売場で売っていたが、最近は見たことがない。ウナギの頭が鍋の中に何個もあるのが不気味だが、だしがしみた豆腐が美味しかった。あ、味を思いだした。どっかで売ってないかなあ。
朝起きると窓を開けて街路樹のいちょうの若葉を見るのが楽しみなのに、今年はつい先日、大阪市のはしご車がきて、すべての木を丸裸にしていった。繁りすぎている枝を切るというより、クルマからの見通しの良さを優先させてのことのような気がする。大切というのは大きく切ることだと植木にくわしい人が言っていたが、どうかなあ。
夕方靱公園に行って来た。途中、なにわ筋のいちょうの若葉が美しい。公園では、けやき、くすのき、メタセコイアの若葉が輝いている。つつじ、はなみずきが咲いている。薔薇園の花ももうじき咲きそうだ。からすのえんどうがつつじの植え込みの間から、たくさんひょろひょろと出ているのを摘んできた。
夫が出先で山城の朝掘りたけのこを買ってきた。今年最初のたけのこだ。わかめと炊いたらほんとにおいしかった。熱燗とよくあってごきげん。
今夜は阪神と広島の首位攻防戦だった。テレビを見ていてハラハラドキドキが続いた。11時35分、15回で引き分け。疲れた。勝てそうだった広島は勝てず、負けそうだった阪神は負けなかった、って感じかな。まあよしとしよう。
サンテレビのお昼のテレビ映画はときどきおもしろいのがあるのを最近発見した。なんかこんな時間にテレビを見るのは気が引けるが、ずーっとテレビを持たないできた期間が長かったしなー…なんて言いわけしちゃったりして…。
番組表でフレッド・アステアの名前を見て「エーッ! この映画、名前も知らんわ」って、けっこうアステアの映画ならおさえているので、どんな映画か期待して見た。タイトルからしてへんだよね。もちろんダンス映画ではなかった(アステアのダンス映画については、いずれ書くつもり)。
もとペンキ塗り職人の老人(アステア)が心臓発作で倒れる。体が悪くなったのをなかなか受け入れられなくて動きたがり、妻(ヘレン・ヘイズ)と息子夫婦と孫、娘夫婦が助けたり、迷惑したりする。息子夫婦との同居を経て入院ということになるが、妻は毎日病院へ行けないのでいらつく。息子夫婦も孫も行き届いた人たちだけど、片方は入院しているし、片方との同居はたいへんだ。妻は子どものクルマでは週2回しか病院へ行けないので、毎日行くためのバス代を得るために働くことにして、花屋に体当たりして職を得る。
アステアは医者に入院していたら5年は生きられるが、退院したら1年しか保証できないと言われるが、充実した1年を生きるために、収集品の大切なコインを孫に売らせてアパートを借りる。
2人の子どものうち長男ばかりかわいがっていたと、娘が言うところで、アメリカでもそんなものかと妙に感心した。娘は遊びに行くときにいつも用事があると言って断ってきた。誘われないのを見越して、さきに断ることで傷つくのを回避する。わたしもそうだったのでよくわかる。そんなことも最後には解決して家族の絆を深めていく。老夫婦は2人一緒に暮らすことを闘いとる。
アステアはおしゃれで身振りがあか抜けしていて、しゃんとしている立ち姿にほれぼれした。1979年の作品。
梅村こども診療所の「こども診療所だより」復刊第3号(A4 20ページ)が発行されました。ますます元気な、頼りになる「たより」になりました。春の号らしく卒業と入学式についての意見、山田真さんの病気の話も春の病気「手足口病」です。インフルエンザ予防接種についてのわかりやすい記事、ことばの相談室からのページ、「子育てに不安になるとき」についてなど、子どもの成長に欠かせない記事がいっぱいつまっています。その他、親からの発言、充実したおたよりも興味深く読めました。
読みたいかたはご連絡ください。誌代が110円、送料90円です(切手200円でOK)。連絡は私まで、Eメール(vic@osaka.email.ne.jp)でお願いします。
フジミシリーズの存在を教えてくれたSさんから、このページ、15日の〈秋月こお「富士見二丁目交響楽団シリーズ」第3部〉、16日の〈フジミの魅力〉を読んで嬉しかったとメールをいただいた。
彼女は【脳の芯が疲れきった、というときに勃然と「私にはフジミがあるじゃない!」と思い出して寝る前に読み耽った、おかげでよく寝て、寝坊した。というくらい、ほんとーにすごい小説なんですもんね!! リゲインよりもユンケルよりも疲れたときにはまずフジミ、ですわ。】と書いている。
なるほど、わかる、わかる。わたしがそういう状態のときに読むのは「小公女」「秘密の花園」「リンバロストの乙女」または初期のフランソワーズ・サガン、初期の吉屋信子である。世代の差を感じさせてくれるが、まったく同じ意味をもった行為であるのはまちがいない。
フジミはたしかに現在、少女小説の系譜の真ん真ん中にあるのがはっきりしているということを、Sさんのメールが証明している。Sさんおよびいまフジミに夢中の少女たちは、一生フジミを疲れたときに読み続けるに違いない。
少女というものの正体はなにか? それはわたしだ(笑)。いくつになっても少女小説(昔から物語を読む少女たちがいた)で癒される女たち…それが少女だ。
今朝方の雷はすごかった。稲光がしたとたんにゴロゴロドカーンときた。それも続いてたくさん。震えあがったわ。夕刊には泉北の光明池に落雷があったと小さく出ていたが、あのときの感じではもっと近くだったけどなあ。
朝はしゃきっとした天気にはならなかったが、大雨で洗われた道路がきれいだ。午後から北田辺に楠の木を見に行くことにする。2月25日のこのページに書いたOさん(「田辺寄席」主催)はいまさまざまな活動の上に、またひとつすることが増えた。北田辺の大楠の現地保存運動である。会報「寄合酒」3月号、4月号に立派な大楠の写真が出ている。その木を見に行こうってわけ。
近鉄南大阪線北田辺駅から南西へ5分、歩いていくと立派な楠が見えてきた。いままでは民家があって木の上のほうしかよそからは見えなかったが、大阪市の道路建設計画で土地の買収を終えたいま、木の全容が見えるようになった。樹齢数百年と言われる木は、江戸時代からここに立って移り変わる時代を見てきた。すっきりと大きく美しい姿である。
「北田辺の大楠の保存を考える会」は道路計画をすこし変更して、木の周りをミニ公園にすることを提案している。いまは針金の柵の中にあり孤立して立っているが、保存運動が実って整備され人々が集まれば、美しく威厳ある姿になるだろう。
知らない町を歩くのが好きなので、Oさんの書店がある次の駅まで、高架の線路を見失わないようにしながらじぐざぐに歩いていった。2度目の訪問は前回よりぐっとくだけて楽しかった。
新聞などででサルトルの名前をよく見かけるようになった。4月18日朝日新聞夕刊の的場昭弘さん「サルトルは反ヒューマニストか」という文章はわかりやすく、なぜいまサルトルが問題にされているかを教えてもらえてよかった。
わたし自身にとっては過去の思い出という感じかな。サルトルの本でジャン・ジュネについてはじめて知ったのだし、書かれた文章の一節を覚えているくらいだけど。
いまだって女性問題となると、たいていの場合ボーヴォワールの「第二の性」についてから書き始められるよね。わたしにとっても勇気を与えてくれた本と言える。
と2人の本のことを書いたが、ほんまのところは…わたしは若い頃ボーヴォワールとサルトルというカップルのファンであった。この2人にあやかった恋愛をするのが夢(笑)だったくらいだからたいしたファンだった。ボーヴォワールの自伝的な作品を読んで、彼女のアメリカの恋人ネルソン・オレグレン(映画「黄金の腕」の原作を書いた人)にもあこがれていた。ああ、決まったオトコがいて、恋人がいるなんて最高!ってわけだ。
あこがれの頂点は2人が来日したときに東京まで講演を聞きに行ったことだ。大学での講演会は無理だったが、ベ平連主催の講演会の入場券は早くから申し込んで手に入れた。講演がすんでから2人も参加してベトナム戦争反対のデモを行うという話も聞いていたが、これはたしかなかったように思う。
講演会の話の内容は忘れてしまったが、あこがれの2人が目の前にいるんだから興奮しましたよ。ボーヴォワールの本をたくさん訳されている朝吹登水子さんが会場に来ておられて、ちょっと意地の悪い質問にボーヴォワールがまくしたてて答えて、通訳の人が戸惑ったとき、さっと立ち上がって通訳された。これもかっこよかった。とにかくかっこよいカップルであり、朝吹さんも含めてフランス文化が輝いていたよなあ、あのころは。
猫というものの存在感はすごいもので、花子がいる間は部屋に切り花を置かなくても、そんなに気にならなかった。むしろ花瓶に頭をつっこんで水を飲みたがるので、テーブルや棚の上に置くとあぶなっかしく、外出時や寝る前には流しに運んでおかねばならないし、まあええかって、ないときが多かった。
死んでしまってからは1日も欠かさず花を置いている。そして花を入れ替えるたびに、花子の存在感を思い出している。いまあるのはピンクのカーネーション(25本で300円だった。なんでこんなに安いの?)。トルコききょう、スイートピーなど、なぜか買ってくる花はピンク系が多い。花子のピンク色した耳の内側、鼻の先、口、手足の裏のふっくら(はなこのおまめちゃん)…を思い出すからだろうか。
スカーフもピンクを買った。さすがにちょっとくすんだピンク色で、服が地味っぽいのでよく合う気がする。きれいなピンクの花柄のハンカチーフもお気に入り。そうそ、レターペーパーのセット、ピンクのバラの花がいっぱいですっごくきれいなんだから…。
お話変わりまして:
さっき阪神の試合が終わった。5:0で勝った。福原投手がジャイアンツを初完封した。今夜はスポーツニュースを見まくるぞ。アイロンをかけながら、足湯をしながら…堪能しよう。
「さの半」の天ぷらが突然食べたくなって、夕方道頓堀まで買いに行った。道頓堀の通りをずっと東へ行く。閉鎖されてむなしい中座の前を通り、もうすぐ日本橋というあたりまで行って、朝日座の向こうの小さい建物が「さの半」の店である。ここの天ぷら(共通語で言うとさつま揚げかな?)はうまい。大寅や桝千の天ぷらをメジャーな美味しさとしたら、ここのはマイナーな味、特にまったりとした“きくらげ入り”(なぜかここは“しろてん”といわない)は独特の美味しさである。ずっと前には、池波正太郎さん推薦の店みたいなことを書いて店先に貼ってあったが最近は見ないなあ。池波さんの食べ物についての随筆で何度もここを美味しいといっているのを読んだことがある。それでよけいにうまいと思うのだろう。天ぷら数種とハモの皮を買った。
帰りは飲屋街を通って心斎橋まで歩き、東急ハンズへ行って台所用品(竹の皮、虫の入らない野菜を入れる袋)を買い、2階のケーキがショーウインドウの中で輝いているお店に入って、コーヒーとイチゴのショートケーキを頼んだ。これは昨日阪神が3連勝し、湯船投手が復活の完封をしたお祝いである。にんまりとひとりで、コーヒーで乾杯のつもりなのであった。真っ白の大皿にのった大きなショートケーキ、うまかったわあ。
今日は梅田のじゅんく堂へ行った。あいかたは散歩もクソもしてられへんとコンピュータの本探し。こちらは今月は本代をけっこう使ってしまったので、今日は本屋全体の点検(笑)を主たる仕事とした。でもヒミツのアッコちゃん(古いなー)、コミック売場で角川ルビー文庫ミニ版を探すのが本命。昨日書いた本の後書きにミニ版で「奈津子玉砕」というのがあると出ていたからなのさ。
ありましたよ。若いコの間を探しまくって、教師かPTAの回し者かって視線にさらされたような気がするが…。「圭」というのと「悠季」というのもあって、3冊で630円だった。これで一晩楽しめると思うと安い!
しかし、読者が(わたしも)こんなに夢中になるフジミの魅力ってなんだろう。「やおい」という形式にのっとって、金持ちでハンサムで自信たっぷりのトウノインさんと貧しくてコンプレックスいっぱいのユーキを組み合わせて、歌い上げた純愛の物語。いまどき異性愛の恋愛小説では気恥ずかしい、で男性同士の純愛というファンタジーにして、しかも音楽という目的を持って生きていく、これも青春小説では気恥ずかしい、ところを「やおい」で表現していると、わたしは思うのね。
ミステリーでフェミニズムを書くのと同じようなことかな。どちらにせよ、真摯に生きている主人公に読者が惹かれるまでに真剣に書いている、ということなんだろうな。
久しぶりに千日前線で難波へ出た。地下鉄を降りて隣のビルにある本屋に入るのも久しぶりだ。以前得意先への納品帰りによく行った店だ。わりと充実していた翻訳ミステリー文庫売場は、すっかり変わってマンガの売場になっていた。大島弓子の新刊「サバの秋の夜長」があったので買うことにして、ふと見ると角川ルビー文庫の紫っぽい紅色のカバーが目立っているなかに、「富士見二丁目交響楽団シリーズ」がずらりと並んでいた。去年末に出た1冊「ボン・ボワイヤージュの横断幕のもとに」をまだ読んでいなかったのでいっしょに買った。
「やおい」と呼ばれるこのジャンルについて知ったのは、数年前にVFCの会報にSさんが書いた原稿を読んでからで、Sさんお勧めがこの「富士見二丁目交響楽団シリーズ」であった。長いシリーズで当時でも数冊あったと思う。それからけっこうはまって、連載されている雑誌「小説JUNE」まで買って読んでいたこともあったが、分厚い雑誌の中のちょっとだし、ほかのがつまらなかったので文庫になってから買うことにした。今回で数えてみれば16冊目になるのかな。
「やおい」の決まりごとである男性同士の恋愛という形式のなかで、市民楽団のコンサートマスターでバイオリニスト、守村悠季と天才指揮者、桐ノ院圭の深い愛と音楽への情熱が語られる。また周囲の人々の友情、熱意、親切と敵意、というようなものを堂々と書いているのが、少しも気恥ずかしくなく読める。秋月こおはすごい作家だ。
ほんと、その上に、わたしはクラシック音楽の聴き方をこのシリーズで目からウロコが落ちたというほどに教えてもらった。
毎朝起きたらインターネットつないで、関係ある3カ所のページを見ることにしている。うちのページではカウント数を点検しているねんけど(ちゃんとエクセルで統計表作ってるねん)、だいたい1日10人前後というのがこの数カ月の成績だ。それが昨日は18人だった。ということは阪神タイガースの結果を書いていると思われたとしか考えられへん(笑)。
ワハハ・・・期待に添えなくて申し訳ない。うれしくて一人で喜びを噛みしめてましたよ。サンテレビの放送に合わせて、久しぶりで「六甲おろし」をこころゆくまで大声張り上げて歌っちゃいました。こんどいつ歌えるかわからへんもんなあ(笑)。2・3日の間ぼろくそ言ってた広沢選手もお立ち台で可愛いこと言ったので許してしまったわ(笑)。
今日は中日とやね。どうなるかわからんから始まる前にアップしてしまうわ。
静岡県在住のVFC会員、大藏まきこさんが発行している、季刊“性差別と暴力を考える”「パンドラの箱」10号(B5 20ページ)が発行されました。連載されている「Battered Wives」の翻訳が着々と進んでいます。今回は〈法改正の動き〉で、各国の性暴力に関する法改正の動きが具体的に書かれています。その他、DVに対するつっこんだ文章あり、大藏さんの行動力を発揮しての相談やカウンセリングについての具体的な報告あり、まじめな翻訳者の座談会ありで、とても頼りになる小冊子です。
読みたいかたは私までご連絡ください。
一昨日ひどい雨が降ったが、桜はまだ散っていないとラジオで言っている。今年は御津八幡さんへ行ってなかったなあ。夕方神社の門がしまらないうちにとあわてて出かけた。歩ける範囲でいちばん好きな桜だ。もっとも近年は歩ける範囲以外の桜は見に行ってない…。
京都の桜を毎年のように見に行ったのはだいぶ前のことだ。円山公園のしだれ桜や清水寺のらんまんと咲く桜、きれいだったなあ。仁和寺の桜もよかった。吉野山の桜すごかったなあ。なんかみんな思い出ばかりやわ。
まあええやん、とすぐ思い直すのがわたしのいいところ(笑)。機嫌良く今日も若者で賑わうアメリカ村を通って歩いて行った。あれま、アニエス・ベーのショップがいつの間にやら携帯電話の店になっているやん。“世の中は三日見ぬ間の桜かな”や。
御津八幡さんの桜は満開を通り越したところで、地面が桜色になっていた。その上を歩かせてもらってたたずむ。立派な2本の木が大きく枝をのばしていて、頭の上にはらはらと花びらがこぼれる。小鳥が飛び立つと花のままのが落ちてきたので拾ってきた。子猫の花子を抱いて近所の公園へ花見に行ったことを思い出した。
帰ってからお気に入りの九谷焼の鉢に水を入れて数輪の桜を浮かべて花子の写真の前に飾ってやった。桜って生死を考えさせるものがあるよね。
トップページの目次のいちばん上にある「ニュース」のページがずっと開店休業中です。みんな仕事その他で忙しく、抱負負け(こんな言葉あったっけ?)してしまいました。
それでですね。あまり手を広げるのをやめて、VFCの会員の動きとか身近なニュースやお知らせにしぼっていこうと思います。ということで、「ニュース」のページは閉じてしまいます。
これからのニュースやお知らせは、この「kUMIKOのほとんど毎日ページ」に書いていきます。会員のみなさまも、また会員以外のかたでも、ここで知らせたいことがあれば、私までご連絡ください。「○○さんからのお知らせ」というふうに書きます。
忙しくてなかなか手をつけることができないでいますが、近いうちにトップページを変更するつもりです。そのときに「ニュース」を外します。初めてVFCのページに来てくれた人が、目次のいちばん上をクリックしたら新着なしでは、カッコ悪いと気になっていたので、決めてほっとしました。
ベランダで冬を越したハーブを植え替えてもらった。みんな大きな植木鉢になってうれしそう。見ているだけのわたしがこんなにうれしいのだから、園芸家はほんまにうれしく楽しいのでしょうね。
それで例年のきまりごと、前田まゆみさんのもう1冊の本「わたしのリトルガーデン12カ月」(ブロンズ新社 1800円+税)を出してきた(同じ出版社から「ツグミのプレゼント」というのがもう一冊ある)。毎月の庭仕事が書いてあるので、これからすることを教えてもらえて便利。最初の4月はコンテナガーデンで、春の花の寄せ植え、そして春のコサージュの作り方、クローバーのお話がある。ページを繰っていくと8月はエミリ・ディキンスンの庭で、前田まゆみさんが大学で学んだときにはわからなかったことが、年を経て心に響いてきたことが書かれている。【クローバーがひとつと蜜蜂が一匹で、目の前には果てしない草原が広がっていたのでしょう。】とエミリの詩を引用して書いているのに共感。また、2月は冬の庭の話で1994年にエイズで亡くなったデレク・ジャーマンの庭の写真集について書いている。彼の庭は全部砂利で、近くの海岸で拾ってきた流木や錆びた船の部品などでつくられたオブジェが墓標のように並んでおり、その間に手入れの行き届いた草花や野菜が植えられていたとか。彼の映画を思い出す。
猫のひたいより狭い我が家のベランダで、1鉢のハーブを眺めながら草原を想像することを励ましてくれる本に出会えてしあわせだ。
「アップル」(早川書房 上・下ともに2000円+税)は格段におもしろい本だった。エッセイページで「ともこの読書日記」を書いているともこのパートナーD氏からお借りして長いことたっている。もう返さなくちゃと、あわてて読み出したらおもしろかった。もっと早く読めばよかったと後悔。
わたしはマックに一目惚れして以来十数年、ほかのパソコンをさわったことがない。だから、この本のアップル社が苦境のときの章で【アップル製のコンピュータならなんでも買う生き残りのマッキントシュ・ユーザー忠誠心…】という記述には爆笑した。そう言えばアップル社が苦闘していたころ、ある集まりで1年以上の間、わたしの顔を見るともうアップル社はつぶれるとか言う人が複数いた。そんなにマックマックと言った覚えはないのだが…。喧嘩をさけたらフラストレーションがたまって困ったっけ(笑)。
1976年、アップルコンピュータは21歳のスティーブ・ジョブスと26歳のスティーブ・ウォズニアクの2人がガレージで作った50個の基盤を販売することからはじまった。ジョブスがビジネスがわかる人間として探した人が資金を自分でも出し、融資も受けられるようにしてくれて1977年会社が発足し、それから駆け上がっていく。ジョブスがジョン・スカリーを連れてくるいきさつも笑えるが、そのスカリーに追いやられたジョブスのそれからの行動がすごい。マック雑誌で名前だけは知っていた人がアップル社でどんな地位をしめ、どんな動きをしたかをくわしく知ったのも楽しかったことのひとつ。
iMacが発売されるまでのアップル社の内容がすさまじいまでに書かれた本だ。アメリカのビジネスのやり方がよくわかった。
園芸の季節になった。わたしには園芸の趣味はないが、植木を買うのも園芸の本を読むのも好きである。数年前に本屋で女性誌を立ち読みしていたら、折り込みで園芸の特集があった。前田まゆみさんの文とイラストによるもので、いままでにないおしゃれなインテリっぽいものだった。もちろんその雑誌を買った。気をつけていたら、その雑誌では半年くらい後にもう1回折り込みがあった。それをちゃんととってあるのだが、その後ユニセフのカタログで彼女の絵はがきがあるのを知り、たくさん買ってよく使った。その絵はがきに本の名前が出ていたので、さがして手に入れたのがこの本です(ブロンズ社 1748円+税)。
表紙がいろいろな花のイラストできれい。内容は“小さな庭仕事にむけて”ということで、道具、土と肥料、植物の選び方、植え方、ふやし方などほんとに素人向けにやさしく書いている。ページごとにきれいなイラストがついているので、わたしのように読むだけの読者にも向いている。ハーブの栽培法のあとにはハーブティの飲み方、料理の作り方があり親切。オールドローズやベリーのイラストなんかとっても素敵で何度広げてもほれぼれする。
開幕3連敗した阪神タイガースだったが、その後はいい試合だった。と書いてテレビを見ていた。ただいま広島とのゲームが終わったところ。3:2で負けてしまった。星野投手がすっごく好投していたのに惜しい! 9回裏テレビで見ていたらアウトのところをセーフにとられてしまったのが惜しい!
昨日今日と仕事は休業中。天気は良いし、お昼ご飯は靱公園で食べることにしてお弁当をつくった。おにぎりと卵焼きと高野豆腐なんかの煮物と、お茶、果物をバスケットに入れて出かける。
金盞花が植えてある小さな花壇のそばの大きな四角いベンチに座って食べた。食後はちょっと昼寝をした。昨日は空が真っ青だった。今日は網を掛けたようなうすーい雲が広がっているだけ。おかげでもう日焼けしてしまった。こんな調子では夏になるまでに真っ黒だわ。
帰り道は御堂筋へ出て、花祭り中の北御堂へ寄ってタダの甘酒を飲ませてもらった。南御堂は御堂会館があるし、芭蕉の歌碑がある庭園があるので何度も入っているが、入り口が階段の北御堂には入るのははじめてだった。
チャペックという名前で「園芸家12カ月」(中公文庫)のカレル・チャペックと間違って買ってきた。「園芸家12カ月」はわたしは園芸家でないのでもうひとつという感じだが、園芸家の某氏によるとたいへん楽しい本らしい。その楽しい本を書いた人が、こいぬとこねこの話を書いたんだから楽しいだろうと思ったわけ。ところがこの本を書いた人は、カレルさんでなくヨーゼフさんであった。
ヨゼフはカレルのお兄さんで1887年ボヘミア東部のフロノフ生まれ、今世紀前半のチェコの代表的文化人。カレルと共に学び文学的創作をはじめた。その後画家としても、舞台美術、本のデザインでも活躍。迫りくるナチスへの反ファシズムの闘いにペンと筆で参加した。カレルは病気で亡くなり、ヨゼフはゲシュタボに逮捕され収容所に入れられる。そして解放直前に亡くなった。
この物語は愛する人と結婚して生まれた娘とその友だちを相手に話をする中から生まれたそうだ(河出文庫 480円+税)。と、後書きを読んでお勉強。
こいぬとこねこが森の中に小さな家を建て、一緒に暮らしているという物語で、この設定だけで楽しそうだなって思うよね。ほんまに楽しいねん。お掃除したり、お人形を拾ったり、人間の子どもとつきあたりする。挿し絵もすっごく楽しい。
夫がいない夜はほんとにゆっくりだ。今夜だけとわかっているからや、と機嫌をとっておくことにするか(すんません)。
夜遅くなってから土佐稲荷に夜桜を見に行った。隣接する公園では花見の宴がたけなわだが、神社の境内は宴会禁止なのでゆっくり桜を見られる。お賽銭をあげた。わたしはよくお賽銭をあげるほうである。信仰心はないけど、なんだかかんだかと八百万の神に祈ってしまうのよね。町中の緑の木々を守ってもらっていることに感謝する気持ちもある。
土佐稲荷は本殿よりも、横にいくつかある小さなお稲荷さんが好きだ。手が届きそうな小さな赤い鳥居がずらりと並んでいる上に、桜が薄い影を落としている。狐のこまいぬさん(普通こまいぬさんがいるところに狐さんがなにかくわえて控えている)が神秘的に座っているところを歩くと陰陽師の世界のよう。遠くの酒宴のざわめきがかすかに聞こえるのも妙。まだまだ桜はこれからなのでまた来よう。
早くも4月になった。1月2月は緩慢に去っていったような気がするが、3月はあわただしく過ぎていった。あれもこれもと考えていた用事が、みんな持ち越しになっている。
桜が咲き出した。椿のほうが好きと言っても、桜にはなにか象徴的なものがあるよね。去年も書いたと思うけど、「今年も生きてきて桜を見られた」って感慨がわく。わたしはなんやかや言いながら医者にかかることなく過ぎてきたが、夫のほうがちょっとつまずいて、昨日から検査入院(2泊)ということになった。検査結果がいまのところ大丈夫そうなので一安心。
山をなす用事は、あわてないで先送りできるものは先送りして気にしないでおこう、と決心した。命あってのなんやらって言うじゃん。