最近は毎晩のように湯豆腐を食べている。お魚も野菜も入れないお豆腐だけの湯豆腐。鍋物が好きでというより、ずっと忙しい生活をしてきたから、家でご飯となると、秋冬は鍋物が多かった。魚とキノコと野菜のたくさん入ったもので、お酒もたくさん飲んでいた。
いまの鍋はお豆腐だけで、かつおぶしとスダチとお醤油だけで食べる。かつおぶしは良いのがほしいが削るのがめんどうなので、梅田へ出たとき、阪神に寄って「にんべん」の本枯鰹節の削りたてを買ってくる。だし昆布も、もちろん豆腐もいいのを買う。少々のお酒でほんのり酔っていい気分になる。飽きずに食べているのはトシをとったということなかな? とはいえ、まだそれだけでは日々の労働に耐えられないので、魚と野菜のおかずを別に作っているので、以前より手間がかかるのよね。
柿の季節になった。12月いっぱいは食べられると思うとうれしい。なんといっても富有柿が最高においしい。果物の中でいちばんおいしいのが柿だと思う。毎週、野菜の宅配のときに吉野の柿を一袋注文する。完熟の美しい柿の色は日本の秋という感じがする。
たそがれどきに買い物がてらの散歩をした。木犀の香りがする。毎年木犀が咲く場所を覚えているので、秋の散歩はぐるぐるまわりになる。暗くなるまで木犀を訪ねて歩き、快く疲れて帰って柿を食べた。
この本が出るのを待っていた。以前、ほかの記事を読むために買った雑誌に、連載第1回が載っていて、あんまり良かったので、本になったら買おうと思って待っていた。いま上・下2冊を手にしている。もったいないから全部読むのを中断して、いま感じていることを書き留めておこう。
今年1月にこのページで吉屋信子の「花物語」と「屋根裏の二処女」について書いた。それはドーンセンターで吉屋信子再評価の講演があるのを知らされたときで、わたしは喜び勇んでその講演会に参加したのだった。その結果を書かなかったのは、あまりにもがっかりしたから。講師は若い研究者で、よどみない話しぶりだったが、あまりにも熱がなかった。吉屋信子を語るとき、熱がなくっちゃ。彼女のフェミニズムはおとなしいものだったって、なんで言えるのかしら。
「ゆめはるか吉屋信子」は田辺さんが戦争中の少女時代に黒い鞄に吉屋信子の本を入れて、空襲の度に持って逃げたと、信子への熱を語っている。それだけではない。この長い評伝は熱だけでは書けない。読み出してすぐ、信子の父の仕事について詳しく書かれている部分がある。地方官吏だった父は足尾銅山の鉱毒の犠牲となった谷中村を抱えた郡の郡長であった。この本で田中正造について勉強することになるとは思わなかった。
「花物語」になった女学生時代の経験や「屋根裏の二処女」に結実した女性どうしの愛の姿について、現実の信子と相手のゆきさんのことがよくわかった。全然知らなかった竹久夢二との手紙のやりとりと一度会ったときの様子などおもしろい。生涯の伴侶となった千代さんと出会うところもはじめて知った。
まだ読みかけなので、ゆっくりと読んでまた感想を書くね。
単純にアメリカ村の北側にあるからカナダ村と言うんだそうだ。長堀通りの北側、御堂筋の西側のどっちかと言えば地味なビジネス街であり、材木屋さんなどの昔ながらのお店があった静かなところが、おしゃれな地帯になった。アメリカ村よりは大人っぽくて静かである。お店も高級な感じで入りにくそう。わたしはアメ村の喧噪の方が好き。でも、数軒ある花屋さんにはいままで見たことのない、まんまるい菊の花や外国産の野の花ふうもあって見飽きない。目の正月をした。
先日若い友人が仕事で心斎橋までお昼頃来るというので、お昼をその一画のおしゃれなお店で食べることにした。店員も親切でここなら夜来ても大丈夫そうだ。でも着るものがないからなあ、なんてひとり思いに耽るのであった。
近所に「ハーブの産直」という看板がかかったお店ができた。ビルの1階にあってビルの前のちょっと空いたところに、1メートル四方くらいのプランターがいくつか置いてある。そこにハーブが植えてあって、眺めていると男の人が「いるだけ摘んでください」という。ロケットとバジルとパセリを少々摘んだ。
どうもこのハーブはどこかの畑でできたのを、プランターにひとまず植えて摘ませてくれるらしい。おもしろいことを考える人がいるものだ。かなりわびしい気がするけれども、わたしにとって田舎で暮らして竈でパンを焼くという暮らしは夢にも見られないことだから、お金を払って、つぎに焼きたてベーグルを買いに行った。ベーグルにはさんで食べたら苦みが新鮮でおいしかった。
捨てかねている雑誌に「薔薇の小部屋」というのがあって、ときどき出して読んではまたしまいこむ。内藤ルネ企画・編集で“永遠の少女のための絵本”と副題がついている。持っているのは1978年夏号と秋号の2冊だが、その後どうなったのかな。特集が“なつかしの少女雑誌”“おもいでの少女小説”で、なつかしさとおもいでに彩られた奇妙というしかない雑誌だ。少女というものについてのあらゆるものが網羅されている。アンアンも流行通信も銀花もポパイも、ほとんど創刊号を持っていたが捨ててしまったのに、これだけはまだ捨てかねている。
話しは変わりまして、その「薔薇の小部屋」に内藤ルネさんが自分が大切にしている小物のことを書いている。そのひとつが「フランスどんぶり」なのだ。朝のカフェオーレを飲むときにフランス人が手にしているどんぶり。映画で見て長いことあこがれていた。はじめて手にしたのは心斎橋にアフタヌーン・ティが開店したときで、ふちにぐるっと小さな薔薇もようがついているやつを買った。それ以来あちこちの輸入雑貨店でいくつも買っている。イギリス製の全体が花模様のがいちばん気に入っていて、割らないように大切に扱っている。
わたしはこのフランスどんぶりに、カフェオーレだけでなく切干大根やかぼちゃの煮付けやおからなどを入れる。ぶどう、イチゴ、柿、リンゴなども似合う。
昨日新聞のチラシで近所にベーグル専門店があることを知りさっそく行ってみた。プレーンとBLTを買う。BLTは目の前でベーグルをタテヨコ4つに切ってベーコン、レタス、トマトをはさんでくれる。ランチに最高。
今朝は夫が朝の散歩に出て買ってきてくれた。焼きたてのほかほかプレーンベーグルに、チキンを油なしでビタクラフトの鍋で熱したのをはさんで、あり合わせのキャベツとセロリを細切りしてつけた。カボチャのスープと、食後は柿。おいしい朝ご飯になった。
思えばわたしとベーグルの中は長い。ずーっと前、ロバート・B・パーカーの作品でスペンサーが食べているのを読んでからだ。あちこち探したら、大丸のアンデルセンにあったのだが、売れなかったのか、すぐに店頭から姿を消した。そのあとパンも売っている喫茶店、心斎橋プランタンで見つけて買っていた。それがいつかなくなったところへ、友人が堺筋本町の明治屋で5個入りパックのを買ってきてくれた。東京六本木の、名前を忘れたけど有名な食品店のらしい。それからは本町方面に行ったときは必ず数パック買って冷凍保存していた。ところへ2・3年前かな。阪神百貨店と高島屋のパン売場にベーグル専門店ができてにぎわっている。
もうそのころには飽きてしまってね。最近はずっと国産小麦粉のトーストに決めていたのだが…今度は焼きたてだもん。これからちょいちょい食べることになるだろう。
作者のチャールズ・トッドはアメリカ人だけど、作品の舞台はイギリス。時代は第一次大戦後で、ロンドン警視庁の警部イアン・ラトリッジが活躍する。この本はシリーズ第1作。扶桑社発行724円+税。
エリート階級出身の仕事ができるラトリッジだが、戦争で神経をやられ、頭の中にもう一人の人物が住んでいて、ぼやいたり怒ったり話しかけてくる。他人に聞こえるわけではないが、あまりにも鮮明な声なので、つい隠そうとして紅茶にむせたりする。時代を第1次大戦後に設定したのが、かえって戦争の悲惨さを浮かび上がらせていると思った。
イングランドののんびりした田舎で、非の打ち所のない男がショットガンで撃たれて殺される。いちばん疑わしいのは殺された男の被後見人の女性の許婚者で、これも立派な紳士だからややこしい。地道な聞き込み調査で最後に犯人をつきとめるが、とても哀れな物語で泣かされる。引き込まれて読んだ。次作が楽しみ。
上司がラトリッジをねたんでいて、失敗を期待して難事件に派遣するという設定で、これからもシリーズは進むらしい。
御堂筋と本町通りが交差したところに、おしゃれなコーヒー店ができた。普通の日の夕方、ぶらっと行ってもなかなか座るところがない。それでもっぱら日曜日の午後に散歩のコースに入れて行っている。広くて、お店の外にもテーブルがあってね。道行く人を眺めながらコーヒーを飲む。コーヒーはさきにお金を払って入れてもらう方式。いろんな種類と量も大・中・小の3種類ある。ケーキ類もおいしい。
お客がおしゃれなのも気持ちよくて、美青年を鑑賞しながら座っているのもオツなものです。そう、そうお店の名前はスターバックスです。
おなじみニューヨークのレズビアン探偵ローレン・ローラノが恋人キップともう一組のカップルが買った海辺のリゾート地の別荘へ行く。そこで起こった殺人事件の解決にあたるローレン。生まれが良く稼ぎの良いキップと同等にやっていくためにはお金を稼がないといけないのだ。
事件は街の警察、官僚ぐるみで難航するが、ニューヨークから元警官の友人を呼んで、命を狙われながらも解決する。
この1作前にメール相手と浮気しそうになったローレンとキップのぎすぎすした関係が修復されてほっとした。ほんまになにを読んでるんだろうねえ。扶桑社、705円+税。
ジャネット・イヴァノヴィッチのステファニー・プラムもの4作目、扶桑社、734円+税。第1作「私が愛したリボルバー」が出たときはとても評判が良かった。女性だけではなく、男性にも良かった。それで、へそ曲がり、ではない、素直なあたしはいやになってしまったのだ。
男性がこの女の子なら許せる、みたいな可愛さがあるのが匂ってきたのだ。それで2作目からは感想を書くのがなんとなくね…。ところが、4作目にいたって、そのハチャメチャさがフツーでないのがよくわかってきた。ここまできたら男性が笑って許せる女の子ではない。もう文句言わんとほめることにする。すっごくおもろいわ。
街の中でも秋の気配が感じられるところはけっこうある。通り道の家の前に置かれた鉢に菊やコスモスが咲いているし、学校の校庭には柿がたわわに実っている。公園の木々にも秋の気配がただよっている
街角の小さな公園も好きだが、なんと言ってもわたしんとこでは靱公園がありがたい存在だ。大きく伸びたけやきの並木もバラ園も好き。そこへ今度とても良い空間ができた。公園の東側に広い場所をとっているテニスコートが何面もある。その横にセンターコートがどーんと場所をとっていた。石積みの観客席が周りを取りまいていた。震災でその石積みが壊れて長いこと立入禁止になっていたのだ。またコートを作るんだろうか。なにわ筋をはさんだ向こう側に新しい靱テニス場という立派なセンターコートと練習用が10面くらいあるねんで。でもお役所がやることはわからんと思っていたら、この春から工事がはじまり、芝生の美しい広場になった。
周りの高さを利用して芝生がカーブになり、若草山のミニチュアみたいになった。夕方には抱き合って寝転がっているカップルもいる。これは良い。今度の日曜日はここでお弁当を食べよう。
毎日毎日よく眠れる。夏の間は一日中窓を開けたままなので、外の騒音がそのまま入っていた。たまに窓を閉めてクーラーを入れるとしーんとするのはよいのだが、どうも落ち着かない。暑い、暑い、とぼやきながら暮らすのが好きなんだと思う。そういえば扇風機もあんまり使わない。うちわであおぎながら、蚊をたたいたり…季節を感じる些細なことが好きなのだ。
でも今年は確実に夏バテしてしていた。9月の中頃からほんまにしんどかった。家庭の事情というのがあって、よけいにしんどかったんだけど。
たしか「鬼兵犯科帳」で、秋の始めは夏の疲れで江戸の住民はぐっすりと眠るので、泥棒はその時期に活動するんだと鬼兵さんが話していた。ほんまにそのとおり、泥棒が入ってもわからないくらいよく眠っている。これで健康を回復できそうでほっとしている。
吸血鬼の映画に入れ込んだのはだいぶ前のことだ。小さな映画上映会などに行ったり、テレビで深夜映画の特集を見たりしたものだ。古典的名作からアホらしいのまでどれだけ見たことか。ビデオとレーザーデスクというありがたいものが出現したころには、もう古いものを探すという熱は冷めていたけど、新作は別でやっぱり見てしまう。
ニコラス・ケイジが台所でゴキブリを食べてた現代の吸血鬼ものなんか、タイトルを忘れたけどおもしろかった。ケイジ自身が雑誌のインタビューで「ほんまに食べたんやで、2・3日気分が悪かったわ」って言ってた。大阪弁になってしもたけど、こんな感じでしゃべってて、感じ良かったのを覚えている。
「ブレイド」ってポスターを見ただけで血が騒ぐやんか。かっこええんやもん。でも映画館によう行かんとビデオを待つことになったんやけど、家でビデオを見たのが正解だったわ。刺激が強すぎて映画館で見たらきつかったと思う。パーティで血のシャワーが降ってきてバンパイアどもが喜びまくるシーンなんか、もうあきれて見ていた。ウエズリー・スナイプス扮するバンパイア・ハンターが撃っても撃っても、切っても切っても蘇ってくるバンパイア…。
きっとゲーム感覚と言うのだろう。やられたときの変身っていうのか、死体と化すときのあっけらかんとしたところなんか、もうわたしなんかがついていけるものではない。
しかし、吸血鬼映画は不滅だ。また新作がきたら嬉々として見るだろうな。