わたしの大好きな本とCD 8
谷澤美恵
パッと目をひく、華やかな色彩あふれるジャケット。その中心にいる彼女は生き生きとして今にも飛び出してきそう。不敵で、エネルギーに満ちあふれている。
2曲目「Hyper-ballad」が美しい。早朝の山の頂上。「私たちは山の上に住んでいる」。ひんやりとした、湿った空気の匂い…。そしてシーンとした静けさの中、車のパーツやフォークやスプーンが崖の上から投げ捨てられる。「こうやって一日を始めることが習慣になってしまった/あなたが目覚める前に/やっておくの」。投げ捨てられたものが落ちて岩に当たる音が聞こえてくるような気がする。4曲目「It's oh so quiet」は恋に落ちる瞬間の衝撃が楽しく歌われている。このぶっ飛んじゃいそうな楽しさはちょっと言葉じゃ説明出来そうにない。伸びやかに、自由自在に駈け回るビョークの声は聴いていて本当に気持ちいい。(ちなみにこの曲はビデオクリップもメチャメチャ楽しい。ミュージカル仕立てでビョークが全身で歌い踊る。)
ビョークってどんな感じなの? と聞かれた時にいつも困ってしまう。「すごく特徴のある声の…」 シンガー、と言おうとして答えに詰まる。彼女の曲を聴いていて、シンガーという表現はしっくりこないなあといつも思っていた。歌を歌っているんだからシンガーに違いはないんだけど、バックに演奏があってそれにあわせて歌っているという印象はまったくない。もともと彼女自身が自分をシンガーとは思っておらず、声は便利な道具なのだと言っている。ヴォーカルを際立たせるためのバック、なんて貧しい発想は彼女にはないんだろうな。類まれなる声という道具を最大限に生かし、他の楽器と共鳴させる。そうやって彼女の音楽が出来上がっていくのかなと思う。
感情豊かで、体温や鼓動、呼吸さえも感じられるようなアルバム。泣く、笑う、楽しむ、怒る、叫ぶ…そういった感情の一つ一つやあらゆる出来事がすべて音楽につながっているという感じがする。音も匂いも色も空気も、彼女の音楽と無関係ではいられない。
1999年10月