VIC FAN CLUB
ESSAY

読書の楽しみ 3

パウロ・コエーリョ 山川紘矢、山川亜希子訳
『アルケミスト−夢を旅した少年』

喜多篤子


 著者は1947年生まれのブラジル人、世界中を放浪し流行歌の作詞家を経て本を書き、この2作目の本がサンテグジュペリの「星の王子様」に匹敵すると世界中でベストセラーとなっているようですが、私は全く知りませんでした。最近、読む本がずいぶんとかたよってきているような気がしてましたので、高校生の息子が感想文を書くために「アルケミスト」という書名とただ短いという理由で買ってきたこの本を手に取りました。

 主人公のサンチャゴ少年は、牧草を求めてアンダルシアの平原を旅して生活する羊飼いです。サンチャゴは「エジプトのピラミッドへ行き、そこで宝物を見つける」と言う自分の夢を信じて、羊を全部売ってアンダルシアを旅立ちます。彼は、海を渡る前に出会った老人、実は本当の王様そして、海を渡って砂漠に入ってからはアルケミストに導かれ、最後には宝物を見つけ自分の夢を実現します。
 題名のアルケミスト−錬金術師は導き手、自分たちが今の自分よりよいものになろうと努力すれば自分の周りのすべてのものも良くなるということを教えてくれる導き手なのです。そのように生きてきた結果、鉛を金に変えることができるのがアルケミストなのです。
 その他にもこの本の中には「賢者の石」、「ウリムとトムミム」「マクトウーブ(それは書かれている)」といった宗教的な伝説的な言葉、表現がたくさん出てきてきます。どちらかと言うとそんなものを寄せ集めて作ったという印象です。
 あらすじを言ってしまえば、ただこれだけのお話です。でも、読んでみるとゆったりとした気分にはなってきます。なんとなく20世紀の始めの頃かななんて感じられますが、時代設定ははっきりしていません。アンダルシアの平原、対岸のアフリカの砂漠、ほとんど変わることのない自然が舞台だからかもしれません。主人公はサンチャゴ少年であるとともに悠久な自然そして時間のように感じられます。

 とにかく、時間ってこんなにゆっくりとして、たくさんあるものだったのに、何を毎日、時間に追われて急いでいるんだろうと不思議になってきます。特に子供達に「早くしなさい、早く早く」とばかり言ってきたような気がしていた私はあらためて反省させられました。自分で感じ、考え、行動するまでじっと見守って待つ、そうすれば無限の力をうちに秘めた子供達はサンチャゴのように自分の宝物を見出すように育つのでしょう、きっと。
 まっ現実には完全には無理でしょうけれど、親が心掛けることはできるかもしれない…これから子供を持つ人々、小さい子供を持つ人々が読んだらいいかもしれません。ただ、うちの息子達は「あまりに暗示的、教訓的、説教的で・・・ちょっとな」とボソッと言っておりました。「でも反発を感じるのも、悪いわけではなく…」と親の私は少しでも息子達がたくましくサンチャゴのように育つことを期待しつつ、「わかっているのにできないのだから仕方ないじゃないの」と開き直りたい気持ちになってしまいました。

 ゆったりとした時間、自然を日々忙しい現代人に思い起こさせてくれることが、ベストセラーたる所以かなあと思いながら、サンチャゴの成長物語の教訓を素直に受け取れない私はかなりくたびれて、ひねくれてるのかなあというのがまとめとなってしまいました。(角川文庫)

2003年9月

VIC FAN CLUB  連絡先:kumi@sgy2.com