VIC FAN CLUB
ESSAY

読書の楽しみ 2

読書の祝祭
辻邦生、水村美苗『手紙、栞を添えて』

喜多篤子


この書簡集を読むことになったきっかけは水村美苗でした。
 VFCのkumikoさんのページに水村美苗が紹介されていたのを読んで、まず手にしたのが、店頭にたくさん並んでいた『本格小説』でした。その私小説的な文章から始まる『本格小説』を一気に読み、次いで、『私小説from left to right』そしてデビュー作の『続明暗』と読み続け、水村美苗の世界にとっぷりとつかってしまい、最後に本になっている最後の作品『手紙、栞を添えて』を読みました。
 これは小説ではなく、朝日新聞に連載することを目的とした作家辻邦生との往復書簡集で、おふたりは一面識も持たずにこの書簡を交わされました。これを読んで、水村美苗という作家が誕生し、漱石の未完の『明暗』の続編を書き、『私小説』、『本格小説』が生まれたゆえんがわかったように思います。
 残念なことに亡くなってしまわれましたが、辻邦生も私の好きな作家の一人です。大学時代、辻邦生の処女長編『廻廊にて』を読んだとき、主人公マーシャと、友人アンドレの死と隣り合わせて生を感じるといったような生き方、硬質な美を生きることに求めているような作品、硬く整っていながら、光があふれてくるような文体に魅かれて読んでいたものでした。最近は読んでおりませんでしたが、この書簡集をきっかけにまた読み返したいと思っています。
 このおふたりは、本当に文学、読書が好きなのですね。一つの作品を取り上げるところから、発展し、展開しまた次の作品につながっていく肩の凝らない、けれども、断固とした美意識、しっかりとした語学力、知識に基づく文学論、そしてその中から伝わる読書の魅力、読み出した者を離さない物語のちからがまっすぐに伝わってくる書簡集でした。そして、手紙という形式のせいか、堅苦しくなくユーモアあり、すがすがしさを感じます。取り上げられた作品も、水村美苗と同じに私も子供の頃に、何度も何度も読んだジョルジュ・サンドの『愛の妖精』、シャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』、オルコットの『若草物語』、そしてエミリー・ブロンテの『嵐が丘』、辻邦生に触発されて読み始めたトーマス・マンと、スタンダールの『赤と黒』、『パルムの僧院』など懐かしいものから、私があまり読んだことの無い永井荷風、幸田露伴といった日本文学、日本の古典、ロシア文学、中国文学そしてラテン・アメリカ文学と多岐にわたり、最後は何とあのわれらが『高慢と偏見』で終わります。こうして並べてみると本当に壮大な文学論ですね。
 辻邦生はこの書簡集の中で、幼少の頃の本への惑溺を、「読書の祝祭」と言っておりましたが、この綺麗な、幸福感にあふれた言葉は、私の中の文学少女をとても喜ばせてくれました。そして、「われらのジェーン・オースティン」に書かれた水村美苗の最後の文章「文学とはやはり幸せそのものではないでしょうか。」に、大きな声で“YES”と言いたくなるような、文学、読書の喜びを伝えてくれる一冊でした。

2003年3月

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