私の本箱 10
相澤せいこ
はじめに。瀬尾まいこさんのファンの方がいらっしゃったらごめんなさい。本当は、ここで全面的に「面白かった♪」と報告したかったのです、私も。
新聞に瀬尾まいこさんの『幸福な食卓』の広告が載って、このところほとんど本屋さんにのんびり行けなかった私はその広告だけで反応して取り寄せました。瀬尾さんの『図書館の神様』が好きだったので。なんとなく国語の講師の仕事に就いているけど今ひとつ先のわからない女と、妙に文学に詳しい高校生の男の子との交流の日々。すこしずつだけど前に進んでいくよ!という雰囲気がよかったのかな、好きになりまして、次を期待していました。
届いた本を見てびっくり。この本、帯が最低…表紙の絵柄を無視した、太い太い帯。そこに踊る巨大文字の賛辞「珠玉の才能が生んだありえない感動!」…???吉川栄治文学新人賞受賞作だそうです。選考委員の言葉といい、裏側の「本のプロ、書店員さんからも大絶賛の声が続々!」といい、こんなにありきたりの言葉で褒めちぎっているような本はうさん臭い。本の帯って、こんなにうるさく主張しちゃいけません。中身に失礼です。よく考え抜いた短い言葉とデザインで、ちゃんと装丁の一部に収まっていてほしい。店頭で見たら買わなかったと思います、この本。
話が大逸れしてしまいました。それでも中身への期待の方が大きかったので、帯をすぐ外して、気を取り直して読みました。
お父さんは自殺未遂をした後教師を辞め、今は少し主夫+予備校の先生、大学受験希望。兄の「直ちゃん」は超優等生だったらしいけど「もっとわかりやすい方法で、何かしたって実感できる毎日を送りたい」と言って、大学に行かず無農薬野菜を作る団体に勤めている。お母さんは夫の自殺未遂を昇華しきれず、家を出て、近くに住んで距離を保って家族と接している。そして語り手の佐和子。物語の中で中学生から高校生へ。あたりまえの人生を送りたい子。
この家族、ものすごくイレギュラーなのですが、とても仲がいいのです。よく会話し、お互いを思いあって暮らしている。一見明るくてごく普通の家族です。でも、みんな「お父さんの自殺未遂」を乗り越えきれていない。そのときに負った傷がどこかでまだじくじくしている。それでも、家族を愛してる。自分の足で少しずつ前に進んでいく。みっともなくもがきながら、それでも身近な人が受け止めてくれて、そしてほんのちょっと後押ししてくれたら、ちゃんと答を見つけられる。瀬尾さんのテーマはこれなのかな。読んでいてガンバレーと4人を応援したくなります。
お父さんと直ちゃんはそれまで自分がいつの間にか着込んでいた“型”のようなものに気付いて脱いだはいいけどその先どうしていいのかまだ迷っていて。お母さんは“家を出ただけでお母さんを辞めたわけではない”けど、離れて暮らすことをこのままにするのかどうか、保留のまま。佐和子はイレギュラーだらけだけど温かくお互いを見つめている家族の中で本人の望みどおりにまっとうな青春を送ります。柄じゃないクラス委員になってしまってみんなにそっぽ向かれて困る話は、自分の昔が思い出され、こんな助言をしてくれる人が近くにいたらよかったなーと佐和子ちゃんがうらやましかったです。瀬尾さんは『図書館の神様』でもそうでしたが、学生時代に抱え込んだ種類の悩みを描くのがとても上手です。実生活で教員されているようなのでそのせいなのでしょうか。読んでいると、昔確実に自分も抱え込んでいた気持ちがよみがえり、今はどうにかそれらを懐かしく思える自分にほっとしたりします。
全面的に面白かったと言えないのは、第4話のせいです。佐和子ちゃんの元気印のボーイフレンド:大浦君が死んでしまうのです。クリスマスプレゼントを渡そうっていう日の朝に。当然、第4話は恋人の死を乗り越えるきっかけをつかむまでのお話。
恋人の死って、それだけで大テーマになるような重たい事だと思います。そこから立ち直るの、ものすごく大変なはず。1話でまとめるとちょっともの足りない感じもしたし、憔悴しきった佐和子ちゃんを思いやって家族がまとまりかけるのはいいけれど、それじゃ中原家のために殺したの、大浦君を!!!と大浦君ファンだった私としては不満で。この家族のお話を〆るための素材として誰かを殺さないで欲しかった。そのくせ中原家の人々のその後はイマイチぼんやり。佐和子ちゃんは語り手であるけど、あくまでこの物語の主人公は中原家そのものだと思っていたのに、佐和子ちゃんが大浦君の弟に編んだマフラー渡してお話おしまいって、え?ええ?
私は読んでいてずっとこの中原一家の行く末に集中していたので、ここへ来てポーンと「恋人の死」という重いネタが来るとは予想外でうろたえました。話のバランスが大きく崩れた感じがしてなりませんでした。これで最終話?お父さんとお母さんはどうなるの?直ちゃんは?という感じです。私も取り残されてしまいました。
こうしてどこかすっきりしない読後感が残り、解消すべく体が勝手に『キッチン』を書棚に迎えに行っていました。同時収録されている『ムーンライト・シャドウ』を思い出したからです。突然恋人を亡くした主人公が、身の置き所のない悲しみの海から顔を出して立ち直るきっかけをつかむお話。短編だけど、きりっとまとまっている。失っても失っても自分はここにいて前に進もうとする。そういう人間に静かにエールを送っているような。ベストセラー嫌いの私がなぜか手にしたこの本ですが、本編と同じくらいこの短編が好きです。これが大学の卒業制作とは、吉本ばななさんて、とてつもない才能の人だなあと思ったものでした。朝もやの橋で川向こうに立つ死んだ恋人とお別れする場面は、いつ読み返しても胸に染みます。
久々に『ムーンライト・シャドウ』(ついでに『キッチン』も)を読んで、二人は少し似ている感じがしました。ちょっとイレギュラーな生き方をしている人達。食べ物のシーンが多い。日常生活の中を縫う様に静かに物語が進んでいく。でも、恋人を亡くした“残されし者”の再生については瀬尾さん、ぜひ再チャレンジしてほしいです。ちょっとえらそうですが、読み比べるとやっぱりそう思っちゃうのでした。
裏見返しを読んだら、この2冊以外にも瀬尾さんは書いているのがわかりました。他はどうだろう?もうしばらく瀬尾ファンでいようと思うくらいまで立ち直ってきたので、他も読んでみます。
2005年9月