私たちは、現在こどもを育てているお母さんを中心に、このアンケートを実施して、共に「出生前検査」について考える試みをしてきました。
★AグループとBグループ
回答者を2つのグループに分けました。
Aグループ:障害を持たないこどもの親と、子どものいない人
Bグループ:障害を持つこどもの親と、障害を持つ本人
どちらのグループも女性と男性を含みます。
★障害を持つこどもの現状
障害を持つこどもの現状を知るために、まず、Bグループの回答者が答えている設問について見ていきます。回答者数は38名でした。詳しい内容については、Bグループのまとめをご覧下さい。
Bグループに属するのは、数名の障害者本人と「こども診療所」の「ことばの相談室」に通っているこどもの親です。ダウン症とそれ以外の染色体異常の人は比較的少なく、様々の原因でことばの遅れをもつこどもの親です。従って、ダウン症では生後間もなく、産婦人科医が障害を告知することが多いことに比べると、2才頃までは心配しながらも医療機関を受診しない場合があって、障害があると告知された時期は半数が1才以後でした。また、告知したのは産婦人科医はわずか1名で、多くは小児科医(17名)か耳鼻科医(5名)であるのも、このためであると考えられます。
告知された病院の対応に不満があると回答した人が半数以上ありました。また、告知を受けた両親の気持ちは「ショックを受けた」との回答が目立ちました。
病院の対応に不満であった理由は、医師の「配慮不足」「説明不足」「知識不足」「待たされた」「差別的態度」等でした。医師は最先端の医療技術で病気を治療することに熱心ですが、現代の医療で治せない障害を持っているこどもが、社会でどう生きていくかにはあまり関心を持たない為、告知にこのような態度をとると考えられます。
このアンケートでははっきりとは出ませんでしたが、納得のいく診断を求めて、医療機関をつぎつぎに受診する親の気持ちは、こんな現状の反映です。今後どう育てていくかについて相談にのることの多い小児科医(や、耳鼻科医)が、告知をする時点で、地域の療育機関や親のグループ等を紹介し、積極的にバックアップする姿勢があることを伝えていけば、親が早く立ち直るきっかけとなり得ます。
紹介されて通い始めた療育機関の医師や心理相談員にカウンセリングを受けた人は4割程度でした。療育の場で我が子の育つ姿をみて、障害を持つ子のお母さん達と知り合い、家族で力を合わせて育てていくうちに、告知された時のショックから立ち直り、前向きな気持ちに切り替えていけることがわかりました。
しかし、早期療育の公的な支援は半数以上が不十分と回答しています。「療育機関の少なさやスタッフ不足」が基本にありますが、「保健婦さんは療育する場を知らなかった」と言うように情報もいきわたっていません。「地域差」があり療育には「お金がかかる」だけではなく「指導者の心無い言葉」に傷ついている親子もすくなくありません。
さらに保育園や幼稚園等、普通のこどもの中に受け入れていく体制のなさも指摘されています。昨年、「ことばの相談室」に通っているこどもたちが住んでいる北部多摩地域の保育園、幼稚園の障害児の受けいれについて調査を行いました。公立の保育園は障害児保育制度がある市がほとんどでしたが、幼稚園はまだ受け入れる園の数も少なく、障害児を受け入れた園でも、担当の先生を増やす園は少なく、不十分な体制であることがわかりました。
障害を持つこどもを育てることは、社会の理解と協力する体制があれば、そう困難なことではありません。小さい時から一緒に育っているこども達は、大人のような偏見を持たずに、障害のあるこどもと付き合っています。
また、こどもを生む前に、障害のあるこどもに接したことがある人は4割程度でした。わが子が障害があるとわかってから、その時に見聞きした姿に励まされ、自分の子育てに生かしていることが分かりました。もっと多くの人が自然な形で障害のある人に接していけば、障害に対する考え方も変化していくと思われます。
★出生前診断に対する認識と実情
このような障害を持つこどもの現状を踏まえて、次に、出生前検査に関するアンケート結果をA、B両グループを対比させながら見ていきたいと思います。
AとBどちらのグループでも、出生前検査のうち、超音波検査と羊水検査は9割以上の人が知っていましたが、絨毛検査とトリプルマーカーテストは3割前後に過ぎませんでした。
また、両グループとも、出生前検査を受けたことがあるのは、超音波検査は6割から7割でした。羊水検査、絨毛検査、トリプルマーカーテストを受けたことがあるのは5%以下でした。ちなみに全グループを通じて、トリプルマーカーテストを受けた人は6名で、まだ、普及していない現状がうかがわれます。
産婦人科医から出生前検査について説明を聞いた人は、両グループともに、15%前後でした。超音波検査は妊娠時の定期検診に含まれており、出生前検査という意識が医師にも妊婦にもなく実施され、詳しい説明もないのが実情です。多くの人は自分の眼で胎児を確認できるとして、肯定的にとらえていました。
今回のアンケートでは、遺伝性疾患や染色体異常をあらかじめ心配して、遺伝カウンセリングを受けて超音波以外の出生前検査をした人、妊娠中に胎児の異常が見つかり、羊水検査や絨毛検査をした人は少数でしたが、それぞれ悩みながら検査を受け、結果が出て出産するまで非常に心配だった様子がコメントの欄に書かれていました。
以上のような出生前検査の現状がある中で、今回初めて説明を聞いた人も多い、トリプルマーカーテストをはじめとする出生前検査に対する意見を、AとB両グループを比較して考察しました。
★トリプルマーカーテストによる結果から産婦人科医は適切な助言ができるか?
両グループとも、産婦人科医に適切な助言ができるとする意見は全くありませんでした。産婦人科医にかかった時の経験から、出生前検査が妊婦が安心できるような十分な説明と、生まれてくるこどもに対する配慮のもとになされていないと感じられたからであると考えられます。
「助言してはいけない」「検査すべきではない」「安易な中絶が増える」「悩みが増えるだけ」と、トリプルマーカーテストを実施することに疑問を感じ、反対する意見が多く見られました。検査前の医師による十分な説明(目的、結果、将来について)が必要であると共に、不安な結果が出た場合の十分な支援体制の整備がないままの検査はすべきでないという意見も多くありました。
さらに、出生前検査は障害児の中絶につながるので、トリプルマーカテストを実施すべきでないと、積極的な反対の意見がありました。
「主治医から強く勧められたら断われないし、受けた結果高い数値で障害の確率が高いといわれたら迷う」と、主治医の意見に左右されがちな弱い親の立場からの発言がありました。
★出生前検査は障害を持つこどもの中絶を前提としているか?
この項目ではAグループとBグループでの意見の差がはっきりと現れていました。
Aグループではそう思うという人は半数に留まり、中絶を前提としていると思わないという意見も半数近くありました。「個人に任されていると思う。即座に中絶を決める人もいるし、障害を持つ子が生まれてくることを、一つの神の御技と捉える人もいる。ケースバイケースだと思う」
これに対してBグループでは、3分の2が中絶を前提としていると思うと、答えています。これらの回答の中味は「思う、出産前に障害を持つ子供と知って出産する人は少ないと思う」と、中絶については肯定的な考え方から「うまれる前から障害児は役にたたないから殺してしまおうという考え方を前提としているもので、それこそ差別だと思う」と、中絶に反対のものまで多岐にわたりました。
障害を持っているこどもの親は、自分の経験を踏まえて、出生前検査が障害児の中絶にストレートにつながるという危機意識を持っていると言えます。
★障害を持つこどもの中絶は障害者差別だと思うかどうか
Aグループでは「障害を持つ子の中絶は障害者差別だと思う」人が半数近くありました。Bグループでは約6割の人が「そう思う」と答えています。「障害を持つ子の親として今ははっきり差別だと思う。ただ小さいとき親はかなりの動揺があったのでやはり障害=不幸という思いがあった。育てているうちにそれは違うという思いが芽生えてきた。障害というものは先天的なものばかりではないし、中絶だけで障害者を減らせるものではない」という意見には、障害を持つこどもの親の実感が表されています。
障害者差別だと「思わない」「いちがいには言えない」は両グループとも3割近くありました。Aグループでは*40代、30代、20代の順に差別だと考えない人が増えており、年令が若い程、障害を持つ子の中絶は障害者差別だという意識は少ないようです。30代に「選んだ人を責められない」という意見が多く見られました。
Bグループでは「その親とその家族の事情もあるから決め付けられない」との意見がある一方で、「思わない。楽な選択ができることについては、命を粗末にしていると思う」と批判する視点があることが印象的でした。また、Aグループで15%の人が答えていた「選んだ人を責められない」という回答は皆無でした。障害を持つ子の親としては安易にそう言えない心情がうかがわれました。
注)今回の調査では最初に、年代別に集計を行いました。最終的まとめの段階では全年令、男女を合わせてAグループ、Bグループとし、その傾向を見ることにしました。
★日本人の中で知的ハンデイキャップを持つ人達がどの程度、どのように理解されていると思うか
両グループを合わせても「以前よりましになっている」と少しは肯定的にらえている人は9名に過ぎませんでした。
大多数の回答者は「正しく理解されていない」「差別的排除」「無意味な存在、自立できない存在、ひどい場合は危害を加える存在と理解されている」のように、知的障害者が日本の社会で否定的にとらえられていると考えており、両グループ間の差はありませんでした。
身体障害者に対してはこの数十年で、駅や公共の建物にはスロープ、エレベーター、車椅子用のトイレが設置され、乗り物の利用も徐々に進んで、社会参加が当たり前のことになりつつあります。しかし、知的障害者が社会に出て行こうとすると、日常的にふれ合っていないため「何かされるのでは」と恐がられ、周りの抵抗感が強いことが分りました。
国際障害者年に前後して始まった日本の「障害者の社会参加」の次の課題は、知的障害者の社会参加です。上記の悪循環を断ち切っていくには、乳幼児期、学齢期、さらに社会人になってからも、知的障害者が隔離されない状態で社会生活を送っていくことが保障されなくてはなりません。
★トリプルマーカーテストでおなかの赤ちゃんがダウン症である可能性が高いとでた場合、母親は産みたいと思っても、夫、両親、夫の両親などから圧力がかかって中絶しなければならない場合が多いと思うか
両グループとも「そう思う」人が6割以上で、グループ間の差はありませんでした。
「女性の立場は弱い」「家中心主義の日本の状況」とのAグループの回答では「家の中の女性が今でも嫁という立場からなかなか離れられないのは事実だと思う。そして、産むのが女性であるというだけで夫はそこから切り離されて(或 いはあえて切り離して)母親が孤立した状態になる。女性にとって残酷な選択になると思う」と、まだ客観的に見る余裕があります。
実際に体験してきたBグループのお母さん達は「実際に自分が子供を産んだときに自分のせいといわれた。もしこれが生む前だったらもっとつらかったと思う。女性の立場、障害を持つ子を産んだ嫁の立場はすごく低い」とその現実について、報告しています。
「そう思わない」と答えたのはAグループが26%、Bグループは17%でした。両グループともに「こどもは夫婦の問題」「生む選択は女性の権利」と考えています。「妊娠中に『障害があるなら産むな』といわれた。どうせ産むのも育てるのも女の(嫁の) 仕事と決めているのなら、いらんお節介はせんといて!」と、元気な意見も聞かれました。
★トリプルマーカーテストを受けることができると医師が妊婦に言うように義務付けること、および、トリプルマーカーテストへの保険の適用について
医師がトリプルマーカーテストを受けることができると言うことを義務付けるかどうかについて意見を述べた人は、両グループを通じていませんでした。欧米では出生前検査についての情報を、産婦人科医が知らせずに障害児が産まれたために裁判が行われ、医師が損害賠償を命じられた事件を経て、妊婦全員にトリプルマーカーテストをうけることを、義務づけた地域もあります。日本ではまだ、このようなことがないため設問の意味が伝わりにくかったと考えられます。
保険の適用については、両グループともに「反対」の意見が「条件付き賛成」の2倍ちかくありました。「十分な助言ができるスペシャリストがいてこそのテストだと思うので、テストばかりが普及するのは危険」と産婦人科医のカウンセリングが不十分な現状を踏まえた意見、「ダウン症の確率を出すような差別的な検査を公費で行うのはまさに優性思想、危険だと思う」と、トリプルマーカーテストの実施そのものに反対の意見がありました。また「健康
保険の適用など医師側の点数を上げるためと、かんぐりたくなります」「誰かが儲かるための義務付けにだけはならないことを望む」とテスト会社が推進に積極的態度であることを批判するものもありました。
「希望者自己負担」「希望者保険適用」「条件付き賛成」の意見は「義務付ける必要はないが負担金額は小額にしても良い」「検査を必要と感じている人もいるのでなくしてしまうことはないが公費や保険は必要ない」など、あくまでも本人の希望があればという条件付きでした。
現在の妊婦健診に組み込んで、妊婦全員が受けられるようにすべきだという意見は少なく、「公的費用負担で義務付けすることが、日本の少子化社会での重大な対策だと思う」と「公費」化を主張する人はわずかでした。
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