知っていますか?出生前検査
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私たちの意見

 私たちは東京都田無市にある梅村こども診療所で、こどもの医療に日々携わっている者と、この診療所で診療を受けているこどもの母親です。
 当診療所は開設時から「ことばの相談室」を設け、言語障害をもっているこどもたちの相談や、ことばの指導を行ってきました。次のこどもを産む時に障害をもつ可能性について相談されたり、出生前検査をうけた母親や家族から、明日どうすればよいのか、緊急に相談される機会が時にありました。
 また、近年、マスコミで伝えられるように、出生前検査は障害を持っているこどもの母親だけではなく、妊娠し出産する女性の誰もが受ける検査になっていくのではないかという危惧を抱き、診療所に来ているこどもの親にアンケート調査をすることを思いたちました。
 1998年7月から10月の間に、京都ダウン症児を育てる親の会(トライアングル)が1996年6月に実施したアンケートをもとに多少の手直しをして、「こども診療所」を受診してくるこどもの親を中心に回答してもらいました。ここにはリアルタイムでこどもを産み育てている親と、その周辺にいる人々の「出生前検査」に対する率直な意見が集約されました。

この結果をもとに「母体血清マーカー検査に関する見解」に対する私たちの意見をまとめました。

 『見解』では母体血清マーカー検査を実施する時は、医師が受けるように勧めたりせず、あくまでも本人の自発的申し出があってから、実施するようにと勧められています。また、検査前、検査後の十分な説明の必要性と、秘密保持が強調されています。
 私たちが行いましたアンケートでは、出生前検査時に産婦人科医から十分な説明をしてもらった人は15%という結果でした。トリプルマーカーテストの結果について産婦人科医に適切な助言ができるかどうかという設問に対しては、思えないという意見が多数を占めました。このような結果から、出生前検査を受ける妊婦は産婦人科医に十分な信頼を持つことが難しいという現状がうかがえます。「見解」の勧告に従って、今後、産婦人科医がインフォームド・コンセントをつくされることを、私たちも望むものです。
 この「見解」で、妊婦本人の申し出によって検査を実施すべきであると示され、急速で安易な普及に歯止をかけようとしておられる意図は、私たちにも理解できます。
 アンケートではトリプルマーカーテストの保険適用の是非について、反対の人が条件付き賛成の2倍ありました。「公費で行うということは国を上げて障害者差別をするということ。障害者が幸せに生きられる社会体制作りに公費は使うべき」という意見に代表されます。一部のアメリカの州でみられるように、法律ですべての妊婦にこのテストを受けることが義務づけられる事態を私たちは望みません。

 トリプルマーカーテストでダウン症である確率が高い場合は、確定診断をするために羊水検査が必要です。流産の可能性があるという危険を冒して羊水検査を行い、ダウン症の診断が確定しても胎児を治療することはできません。検査結果が判るまで、妊婦が不安定な心理状態になります。さらに「胎児の障害があったとしても母体保護法上、胎児の障害を理由に人工妊娠中絶手術を行うことはできない」と本報告では述べておられます。
 私たちが行ったアンケートで「出生前検査は障害を持つ子の中絶を行うことを前提としていると思いますか」という設問に対して「思う」と答えた人は障害を持つこどもの親では3分の2をこえました。障害を持たない子の親では半数です。さらに「母親は生みたいと思っても夫、両親、夫の両親から圧力がかかって中絶しなければならない場合が多いと思いますか」との設問には両グループともに6割以上の人が「そう思う」と答えています。様々な要因が絡み合って障害を持つ胎児を中絶する方向に意志決定されていく危険性があることが分かりました。
 日本人類遺伝学会をはじめとする関連学会で、母体保護法に重い遺伝性疾患の胎児の中絶を認める「胎児条項」を入れる積極的動きについては、御承知のことと思います。この稿をまとめております1999年2月27日には日本母性保護産婦人科医会の法制検討委員会が「胎児条項」を盛り込んだ報告をだしました。現場の産婦人科医からは、出生前検査でダウン症等の先天性疾患が確実になれば、中絶を選ぶ夫婦がほとんどであり、法律的には「身体的または経済的理由により、母体の健康を害する恐れのある場合」として、中絶が行われていることが報告されています。
 「見解」では触れておられない出生前検査の結果がどうなるかという答がここにあります。「胎児条項」について十分に論議を尽くされ、委員会の意見をまとめられるよう要望します。

 「日本でダウン症をはじめとする知的障害者がどのように理解されているか」というアンケートの設問に対して、知的障害者は全く理解されていないと考える人が大多数でした。身体障害者に対してはこの数十年で、駅や公共の建物にはスロープ、エレベーター、車椅子用トイレが設置され、乗り物の利用も徐々に進んで、社会参加が当たり前のことになりつつあります。しかし、知的障害者が社会に出て行こうとすると、日常的にふれ合っていないため「何かされるのでは」と恐がられ、周りの抵抗感が強いことが分りました。
 国際障害者年に前後して始まった日本の「障害者の社会参加」の次の課題は、知的障害者の社会参加です。上記の悪循環を断ち切っていくには、乳幼児期、学齢期、さらに社会人になってからも、知的障害者が隔離されない状態で社会生活を送っていくことが保障されなくてはなりません。
 障害をもつこどもの親の回答では、障害の告知を行った医師の姿勢や告知の内容に不満をもっている親が多いことがわかりました。その後の早期療育の公的支援が不十分という回答も多く寄せられています。
 貴委員会の「勧告」にしたがって、万全の体制を作ってトリプルマーカテストをはじめとする出生前検査を実施し、障害のある胎児を発見しても治すことはできません。だとしたら「世の中がもっと障害者に対して優しく住みやすいところになれば生む勇気が出るのではないかと思う」「たとえ障害があってもその子が生まれてきて良かったと思えるように、周囲は力を尽くすべきと考えています。希望をもてる社会であってほしい」というお母さんたちの意見を私たちの結びのことばとします。

1999年2月27日
 東京都田無市南町5-17-2
  梅村こども診療所
   梅村 浄
正親 和代
大島 則子
大野 有紀子
加藤 知美

注)この意見書は、1999年3月1日にアンケートの集計とともに、厚生省児童家庭局母子保健課宛てに送りました。

 
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梅村こども診療所